解説
『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』(新潮社)
日本の中の北ドイツ 旧制高校文化とトーマス・マン
「私にとってトーマス・マンは青春のすべてを象徴する作家だった」と書いた辻邦生は、戦中から戦後にかけて、「鋼青色(スチールブルー)の山脈にかこまれた、影の濃い、ひっそりした」旧制松本高校の学生で、北杜夫とは同級の友だった。
「山からじかに流れてくる霧の匂いのする空気、冷んやりした草地、灰色のしんとした校舎、深々と枝を垂らすヒマラヤ杉」「いかにも北ドイツ出身の瞑想的な作家を読むのにふさわしい雰囲気」がそこにはあった。
辻邦生は1950年代末、パリで再びマンの作品に出会い、今度はフランス語で熟読して決定的な影響を受けた。北杜夫は1969年夏、辻邦生とチューリヒ近郊のマンの墓を詣(もう)で、このかつての旧制高校生は墓前で突如鳴咽した。
内容解説
晦渋(かいじゅう)で憂鬱で思索型の一面と、明晰で優美で感性的な一面とをあわせもつ青年、トニオ・クレーゲルを主人公として物語られる短編。この青年は、人間存在の二大支柱間の対立関係をあらわし、神性と獣性とがまったく対等の関係にあると見られ始めた近代という時代の、人間意識の分裂に苦しんだ。その、いったん分裂したものをもとの状態に帰そうとする苦闘がテーマとなっている。【この解説が収録されている書籍】
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