書評

『魔の山』(新潮社)

  • 2017/10/17
魔の山 / トーマス・マン
魔の山
  • 著者:トーマス・マン
  • 翻訳:高橋 義孝
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(710ページ)
  • 発売日:1969-02-25
  • ISBN-10:4102022023
  • ISBN-13:978-4102022023
内容紹介:
第一次大戦前、ハンブルク生れの青年ハンス・カストルプはスイス高原ダヴォスのサナトリウムで療養生活を送る。無垢な青年が、ロシア婦人ショーシャを愛し、理性と道徳に絶対の信頼を置く民主… もっと読む
第一次大戦前、ハンブルク生れの青年ハンス・カストルプはスイス高原ダヴォスのサナトリウムで療養生活を送る。無垢な青年が、ロシア婦人ショーシャを愛し、理性と道徳に絶対の信頼を置く民主主義者セテムブリーニ、独裁によって神の国をうち樹てようとする虚無主義者ナフタ等と知り合い自己を形成してゆく過程を描き、“人間"と“人生"の真相を追究したドイツ教養小説の大作。
最初に読んだトーマス・マンの小説は長編の『ブデンブローク家の人々』だった。副題に「ある家族の没落」とある。中学の終わり頃のことで何分冊かになっていた文庫本であった。僕の頭にあったのは、「堤家の没落」という、自分の家の未来への暗い予感であり、それと重ねてこの小説を読んでいたのだった。なぜそんな予感を抱いていたのかについては、それこそ長編小説で書かなければならないだろうが、今、手(て)許(もと)にある全集(新潮社版)の年譜によれば、彼がこれを出版したのは一九〇一年、二十六歳の時になる。次いで僕は『ヴェニスに死す』とか『トニオ・クレーゲル』といった短編を読み、『魔の山』に出会ったのは日本が戦争に負けて十年ほどたった時であった。僕は革命のために運動して破れ、肺結核を患い、新しい抗生物質の薬のお陰で生命を取り留め、回復期に入った時であった。この時も僕は主人公ハンス・カストルプが七年間を過ごした山の中のサナトリウムでの生活、そこで出会ういろいろな患者たちとの議論が他人(ひと)事(ごと)とは思えない気持ちのなかで、この小説を読んだ。まだ作品に熱中すると必ず午後になって熱が出た。自分が陥っているそんな状態を、丁寧に解読し分析してくれるような思いで一週間ほどで読了したのだった。

トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す  / トーマス・マン
トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す
  • 著者:トーマス・マン
  • 翻訳:高橋 義孝
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(259ページ)
  • 発売日:1967-09-27
  • ISBN-10:4102022015
  • ISBN-13:978-4102022016
内容紹介:
精神と肉体、芸術と生活の相対立する二つの力の間を彷徨しつつ、そのどちらにも完全に屈服することなく創作活動を続けていた初期のマンの代表作2編。憂鬱で思索型の一面と、優美で感性的な一面をもつ青年を主人公に、孤立ゆえの苦悩とそれに耐えつつ芸術性をたよりに生をささえてゆく姿を描いた『トニオ・クレーゲル』、死に魅惑されて没落する初老の芸術家の悲劇『ヴェニスに死す』。

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一番最後にトーマス・マンは僕の気持ちを透視しているように、「さようなら――君が現実に生きているにせよ、あるいは単なる物語の主人公としてとどまるにせよ、これでお別れだ。君のこんごは決して明るくはない。君が巻きこまれた邪悪な舞踏は、まだ何年もその罪深い踊りを踊りつづけるだろう。君がそこから無事で帰ることはあまり期待すまい」と書く。そうして僕は奇妙なことに、この言葉に励まされて回復期を終え、現実へと参入したのだった。その意味でトーマス・マンは僕にとって作者と読者という関係を超えた存在で在り続けているのだ。

【この書評が収録されている書籍】
辻井喬書評集 かたわらには、いつも本 / 辻井喬
辻井喬書評集 かたわらには、いつも本
  • 著者:辻井喬
  • 出版社:勉誠出版
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2009-07-21
  • ISBN-10:4585055010
  • ISBN-13:978-4585055013
内容紹介:
作家・辻井喬の読んだ国内外あらゆるジャンルの書籍を紹介する充実のブックガイド。練達の読み手がさそう至福の読書案内。

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魔の山 / トーマス・マン
魔の山
  • 著者:トーマス・マン
  • 翻訳:高橋 義孝
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(710ページ)
  • 発売日:1969-02-25
  • ISBN-10:4102022023
  • ISBN-13:978-4102022023
内容紹介:
第一次大戦前、ハンブルク生れの青年ハンス・カストルプはスイス高原ダヴォスのサナトリウムで療養生活を送る。無垢な青年が、ロシア婦人ショーシャを愛し、理性と道徳に絶対の信頼を置く民主… もっと読む
第一次大戦前、ハンブルク生れの青年ハンス・カストルプはスイス高原ダヴォスのサナトリウムで療養生活を送る。無垢な青年が、ロシア婦人ショーシャを愛し、理性と道徳に絶対の信頼を置く民主主義者セテムブリーニ、独裁によって神の国をうち樹てようとする虚無主義者ナフタ等と知り合い自己を形成してゆく過程を描き、“人間"と“人生"の真相を追究したドイツ教養小説の大作。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2008年10月15日

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