書評

『社会学への招待』(筑摩書房)

  • 2018/01/29
社会学への招待  / ピーター・L. バーガー
社会学への招待
  • 著者:ピーター・L. バーガー
  • 翻訳:水野 節夫, 村山 研一
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(334ページ)
  • 発売日:2017-07-06
  • ISBN-10:4480098038
  • ISBN-13:978-4480098030
内容紹介:
社会学とは、「当たり前」とされてきた物事をあえて疑い、その背後に隠された謎を探求しようとする営みである。長年親しまれてきた大定番の入門書。

人生は一場の戯れにしても

P・L・バーガー(一九二九―) オーストリア出身の米国の社会学者。『社会学への招待』は達人社会学者による入門書の白眉。


達人社会学者が楽しんで書いた入門書

わたしは一九四二年生まれで地方育ちだったから、はじめてハンバーグを食したのは、高校時代、田舎の大衆食堂で、だった。肉はもとより調味料の質と配合加減もわるかったのだろう、不味(まず)いことこのうえなかった。三分の一でギブアップしてしまった。以後、ハンバーグとは不味いものとおもってしまった。このハンバーグ問題は、学問の入門書についてもいえる。

最初に拙(まず)い(不味い)入門書にあたってしまうと、以後、興味がもてない学問になってしまう。「入門」どころか嫌悪と拒否のきっかけになってしまう。だから社会学にかぎらず、それぞれの学問の感触を得るにはよい入門書にであうことがなによりも大切である。

本屋の社会学コーナーにいけば、入門書はあふれている。しかし、おおくの入門書は、不味くはないにしても、舌鼓をうつものはすくない。わたしも、学生時代、いくつかの社会学入門書を読み、大学教師になってからは教養課程の社会学を教えるときの教科書につかった。しかし、この種の入門書で、社会学はおもしろいとなったかというと、はなはだ疑問だった。特に日本人が書いた社会学入門書は、単独執筆ではなく、大勢で書かれていることから、各章ごとに文体もちがい、アプローチもちがう。素人がつくったカクテルを飲んだときのように、頭がくらくらしたりもした。

そんなとき、ある友人から、ペリカンブックスの本書(原書)を、「こんな面白い入門書はない」と紹介された。わずか二〇〇ページ余の小著(原書)であるが、一気に読んだ。よくある入門書のように階級や家族などの具体的問題を挙げた章立てにはなっていないが、そこにこそ本書の妙味がある。社会学とはどのようなアプローチをするのか、社会学的洞察をすることにどのような意味があるのか、ユーモアとエスプリの利いた達意の文体がよい。達人社会学者が楽しんで書いた入門書である。

ものごとはみかけどおりではない

著者はこういう。「社会学者とは、アカデミックな肩書きがなければ、ゴシップに熱中してしまうに違いない人物であり、鍵穴をのぞき、他人の手紙を読み、引き出しをあけようと心をそそられてしまう人物にすぎない」。過激な表現であるが、社会学的好奇心の在り処を端的に表現している。

社会学的好奇心はうわさ好き、ゴシップ好きと同じであるといっているのである。といってもシャーデンフロイデ(他人の不幸は蜜の味)を動機としたゴシップ・うわさ好みのことをいっているわけではない。公式的見解や表明の背後にある構造が見通され、「ものごとはみかけどおりではない」として現実感が一変する知的興奮である、という。社会学は遠い国の奇妙な習俗を発見する文化人類学のような、まったく見知らぬものに出会う時の興奮ではない。

社会学者が多くの時間を活動して過ごすのは、自分にとっても社会の大部分の人々にとっても見なれたものであるような経験の世界である。(中略)それはまったく見知らぬものに出会う時の興奮ではなく、見慣れたものの意味が変容するのを知る時の興奮である。社会学の魅力は、今までの人生を通じて生き続けてきた世界を、社会学の視界によって新しい光の下で見直すことを可能にしてくれることにある。これが同時に意識を変容させるのである。この変容は、他の多くの学問分野で経験するものよりも、人間の存在にとって持つ意義が大きい。というのは、社会学による意識の変容がそれをこうむった個人の精神全体に及ばない、という事はほとんどありえないからである。

だから、社会とは日曜学校で教えられるとおりのものであるとおもう人やそうおもいたい人、自分のやっていることを懐疑したくない人には社会学は不愉快であろうし、離れたほうがよいことになる。冗談やギャグは不謹慎だとするような人々には社会学は不向きであろう。

そういえば、昔、大学院生のころPTAの理念を修士論文で書こうとしていた学生がいた。ゼミ発表がおわると、わたしの尊敬していた姫岡勤先生は、こんなコメントをした。「PTAで活動している人々は理念で行動しているのかね。実際のメカニズムを研究しなければ……」。先生は、理念、つまり公式的見解それ自体の研究を否定していたわけではないが、それだけでは社会学的研究ではないということをやんわり指摘したのである。社会構造の公式的解釈というファサード(建物の正面)の背後にある現実の構造を見通すことが社会学だといったのである。

(次ページに続く)
社会学への招待  / ピーター・L. バーガー
社会学への招待
  • 著者:ピーター・L. バーガー
  • 翻訳:水野 節夫, 村山 研一
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(334ページ)
  • 発売日:2017-07-06
  • ISBN-10:4480098038
  • ISBN-13:978-4480098030
内容紹介:
社会学とは、「当たり前」とされてきた物事をあえて疑い、その背後に隠された謎を探求しようとする営みである。長年親しまれてきた大定番の入門書。

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