書評

『東映ゲリラ戦記』(筑摩書房)

  • 2018/03/16
東映ゲリラ戦記  / 鈴木 則文
東映ゲリラ戦記
  • 著者:鈴木 則文
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(229ページ)
  • 発売日:2013-11-25
  • ISBN-10:4480818383
  • ISBN-13:978-4480818386
内容紹介:
日本文化が激しく変容した70年代、ポルノ女優第1号誕生の瞬間に立ち会い、B級低俗映画の烙印をおされながらも、映像美を確立した鈴木則文の果敢なる戦い!

ポルノであれば何をしてもいい。本線(任侠映画)では出来ない自由がそこにある

時は70年代。天尾完次指揮の下で鈴木則文が戦った「東映ポルノ」という名のゲリラ戦があった

ゲリラとは「(もとスペイン語で小戦争の意。ナポレオン一世のスペイン征服当時、スペイン軍のしばしば用いた戦法に由来する語)奇襲して敵を混乱させるなど、遊撃戦を行う小部隊。また、その遊撃戦法」と『広辞苑第五版』にある。正規軍に対する非正規軍。正規軍が戦えない場所へ出かけ、正規軍にはできない戦法で敵の急所を痛撃し、最小限の戦力で最大限の戦果をあげる。だから東映ポルノの最重要監督である鈴木則文は、その戦いを「ゲリラ戦」と位置づけるのだ。

もとよりそこは東映京都撮影所、時代劇の牙城である。時代劇こそが、そしてその流れを汲む任侠映画こそ東映映画の正規軍であり、ポルノ路線はゲリラ戦なのだという。そう自称するには当然「正規軍」の側から「おまえらのやりくちは邪道だ」と叩かれた経験があるだろう。だが、鈴木則文は決して自嘲としてこの言葉を使っているのではない。いや、自由と冒険は奇襲と遊撃戦にこそあるのだ。

ゲリラ戦のはじまりは岡田茂の懐刀だった天尾完次から持ち込まれた1本の企画である。石井輝男の異常性愛路線が行き詰まりを見せはじめたので、その最後の作品として『温泉たこつぼ芸者』なる映画を撮ってほしい、と天尾は頼みこんできた。「この1本撮れば(ヤクザ映画の)俊藤さんに返すから」の言葉を受け、鈴木はその映画を引き受けることにする。そもそも天尾完次と鈴木則文はアシスタント時代から肝胆相照らす仲だった。岡田茂への恩義と天尾完次への友情から、1本かぎりのつもりで引き受けた仕事だったが、岡田茂との打ち合わせで「新人女優で行きたい」と言ったことから話はとんとん拍子に展開する。スカウトで池玲子を見つけだし、ツテをたどって口ケ地を見つけ、どうせならこの新人を一人前の女優にしてやろうと……。

鈴木則文のことを、東映関係者は「コーフンさん」と呼ぶ。すぐ興奮して話に熱が入るからなのだという。その「コーフン」ぶりはこの逸話からも十ニ分に伝わる。本当に「正規軍」に戻りたいと思っているのなら、そんなに熱を入れる必要はもちろんなかったろう。だが、そこで全力投球してとんでもない傑作を作ってしまうのが鈴木則文という人なのである。映画は『温泉みみず芸者』として完成するが、1本だけのはずが16歳の池玲子を1本立ちさせるまではと2本、3本と映画が続き、フランスからサンドラ・ジュリアンを呼びよせ、大作『徳川セックス禁止令』を作るばかりとなったところで池玲子がポルノを拒否……とニ転三転するうちにいつの間にかゲリラ軍団の工ースになっている。

そもそも「東映ポルノ」生みの親は天尾完次であり池玲子を売り出すキャッチフレーズとして考えたものだった。「セクシー女優」じゃもう古い、ということで、悩んだあげくに「ポルノ女優」と名づけたのだという。それがいつのまにか定着し、日活が成人映画に参入すると「口マンポルノ」として一般名詞になってゆく。天尾完次こそがゲリラ路線のキーマンなのである。その彼の指揮下で戦ったゲリラ戦のことを、鈴木則文は尽きせぬ愛情をこめて語る。戦士はまちがっても高倉健や鶴田浩二といった大スターではない。池玲子や杉本美樹、サンドラ・ジュリアン、あるいは名和宏に山城新伍……そんな不正規兵たちが戦いの主役なのである。

ゲリラ戦には死者もまたつきものだ。ここには多くの屍、実現しなかった夢の映画が登場する。幻の〈温泉芸者〉シリーズから菅原文太のフィルム・ノワール、そして幻の次回作『日本情死考』。亡くした子に捧げる愛情は、あるいは生き残った子にも勝るものではないのか。

しぶしぶはじめたゲリラ戦だったが、鈴木則文はほどなくその豊かな可能性に気づき、こよなくのめりこんでいく。そこには本線では不可能な自由があった。ポルノでありさえあれば‘何をやってもいい。それこそが大衆芸能の肝なのだと言ってもいいだろう。

商業映画に必要なのは〈時の勢い〉である。世阿弥のいう〈時分の花〉の一回性である。一回限りが放つオーラである。古典名作の永続性と違い、時代の風をモ口に受けるポルノ路線は、その時代のもつオーラを素早くつかまなければ〈時分の花〉になれないのだ。

正規軍の戦いは華麗にして壮大かもしれない。だがもっとも勇敢で、記憶に残るのはゲリラの掲げた一瞬の旗なのだ、とこの本は教えてくれるのだ。
東映ゲリラ戦記  / 鈴木 則文
東映ゲリラ戦記
  • 著者:鈴木 則文
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(229ページ)
  • 発売日:2013-11-25
  • ISBN-10:4480818383
  • ISBN-13:978-4480818386
内容紹介:
日本文化が激しく変容した70年代、ポルノ女優第1号誕生の瞬間に立ち会い、B級低俗映画の烙印をおされながらも、映像美を確立した鈴木則文の果敢なる戦い!

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初出メディア

映画秘宝

映画秘宝 2014年1月

95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho

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