書評
『マッドジャーマンズ ドイツ移民物語』(花伝社)
苦渋に満ちた裏面史
ドイツに押し寄せる最近の移民や難民の体験を題材とした作品かと誤解しがちな副題だが、もっと長くて複雑な歴史的背景をもつドイツのモザンビーク人労働者たちの思いを伝える重厚なグラフィック・ノヴェルだった。モザンビークはポルトガルから独立して社会主義政権になったため、一九八〇年代には「社会主義の兄弟国」東ドイツに二万人ほどの若者が出稼ぎ労働者として渡ったのだという。ドイツで新しい技術を習得したり教育を受けたりできるというふれこみだったが、実際には単純労働を強いられただけだった。しかも、給料の半分以上は、国の外貨稼ぎのために天引きされて、本人たちではなくモザンビーク政府に支払われた。つまり、日本に来る一部の外国人技能実習生と、北朝鮮の国外労働者の境遇を合わせもつような存在だったといえる。
しかも、彼らが東ドイツで働いている間にモザンビーク社会は冷戦構造を背景にした暴虐な内戦によって崩壊し、彼らを雇用していた東ドイツという国家までもが、ある日消滅してしまう。それによって彼らの多くは突如、失業者や不法滞在者となってしまい、仕方なく故郷に帰るのだが、帰ってみるとそこでは「徴兵逃れ」と罵ののしられ、「ドイツ製の連中」(表題となった呼称)と揶揄やゆされ、故郷にも、もはやなじめない。巧みに描きわけられた三人の主人公は、同じ経験の中から別々の人生へと枝分かれしていく。計り知れない幻滅と絶望を通りぬけて、いずれの人生も苦渋に満ちているが、世界はそういう人たちでできあがっているのだと納得させられる。その悲しみやたくましさを浮かびあがらせる絵の独特な表現手法も効果的だ。
どちらの国でも公式な歴史には出てこない裏面史を通じて、思いがけない観点から我々の世界像を描きなおしてくれる希有けうな本だと思う。そのエモーションの強さにおいても、まぎれもなく一篇ぺんの文学作品である。山口侑紀訳。
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