人間と組織が抱える負の本性えぐる
相次ぐ不正会計の発覚、後継指名した社長との確執、原子力事業の莫大(ばくだい)な特別損失、それを埋め合わせるための虎の子の半導体事業の売却──創業140年の名門企業、東芝の失墜の「戦犯」と呼ばれた男、西田厚聰元社長の不思議な人生をたどる。会社は事業の入れ物である。東芝という大きな会社の中にはさまざまな事業、「商売の固まり」が入っている。企業経営を「会社の経営」と「事業の経営」に分けて考えると、事業経営者として西田氏が稀有(けう)な能力の持ち主であったことは間違いない。
東京大学大学院で西洋政治思想史を研究していた西田氏は、留学生として日本に来ていたイラン人の才媛と結ばれ、学問を捨ててイランに渡る。なりゆきで妻が勤めていた東芝の現地法人に就職する。イランのパース工場でモノ作りの現場に配属され、すぐに頭角を現す。その後、東芝本社に採用された西田氏は、世界初のラップトップ型パソコン事業の立ち上げと欧州での営業に剛腕をふるい、「ダイナブック」を世界トップシェアのブランドに育て上げる。
大胆な戦略と粘り強い実行力、理路整然とした弁舌、博識と教養。余人をもって代え難い経営者だった。その西田氏がなぜこのような結末を迎えなければならなかったのか。
本書から浮かび上がってくる一つの答えは経営者における「エネルギー保存の法則」である。組織内での地位はその人に「位置エネルギー」をもたらす。例えば、予算や人事の権限、社内外での権威などである。組織が大きいほど、ポストの持つ位置エネルギーもまた大きくなる。
組織での地位は、本来は商売のための手段である。商売を創り、戦略を構想し、人々を動かし、稼ぐ。この「運動エネルギー」あっての経営者のはずだ。ところが、次第に権力への執着と名声への意欲が手段の目的化を招く。位置エネルギーがたっぷりの一方で、運動エネルギーを喪失する。東芝の社長を降りた後も「財界総理」を目指して醜い人事抗争にひた走る。トップに上り詰めてからの西田氏は完全に「エネルギー保存の法則」に支配されていた。
「偉い人がエライ」、これは二流の企業の特徴である。あらゆる企業の一義的な存在理由は顧客に対する価値提供にある。偉い人がエライ組織では、この原理原則がしばしばゆがめられる。組織上位者の利害やメンツ、内部の論理が優先する。その結果、組織が変な方向に暴走する。
東芝迷走の裏側を取材したビジネス書ではない。人間と組織が抱える負の本性をえぐり取る悲劇の書だ。