書評

『世界最恐の映画監督 黒沢清の全貌』(文藝春秋)

  • 2018/06/12
世界最恐の映画監督 黒沢清の全貌 /
世界最恐の映画監督 黒沢清の全貌
  • 編集:「文學界」編集部
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(302ページ)
  • 発売日:2017-08-31
  • ISBN-10:4163907068
  • ISBN-13:978-4163907062
内容紹介:
九月公開『散歩する侵略者』(長澤まさみ他出演)公開を機に、世界から注目される異才の全貌に迫る。宮部みゆき氏らとの対談収録。

黒沢清の研究書でいちばん恐ろしかったのは、蓮實重彦の予言!?

現代日本最高の映画作家、黒沢清の研究書である。黒沢清が現代日本映画界でもっとも優れた映画作家であることは疑いの余地がない事実なので、その研究書はいくらあっても困ることがない。本書は『文學界』編集部編。『文學界』には黒沢清とも近い編集者がいるので、新作が出るたびにインタビューをおこない、特集記事を作っている。それをまとめれば研究書が一丁あがり……というわけだ。いや、考えてみれば『映画秘宝』だって新作が来るたびにインタビューしてるわけだし、あれだってさ、ほら……

本書は『世界最恐の映画監督 黒沢清の全貌』というタイトルがつけられているが、「全貌」は正しくない。ここで取り上げられているのは、映画では『LOFT』から最新作『散歩する侵略者』まで。年で言うと2006年から2017年までの過去10年ということになる。だから「21世紀の黒沢清」と呼ぶほうが正解だろう。

21世紀の黒沢清、それは9.11からはじまる。『LOFT』公開に合わせておこなわれた蓮實重彦氏との対談で、蓮實重彦は20世紀最後の映画である『回路』(00年)で世界の破滅が描かれていることを指摘する(そして飛行機の墜落まで登場する)。その映画を持ってトロント映画祭に出かけると、9.11の同時テロが発生する! だから「わたしは、九月十一日は、犯人、黒沢清説なんです(笑)」と蓮實重彦は言うのである。20世紀を滅ぼそうとする黒沢清の意志は現実において実現し、21世紀が到来する。いかにもギャグのように言っていることが予言となり、たしかに21世紀の黒沢清映画は変化した。その変化の過程がここでは語られていく。

かつて『回路』で、あるいは『カリスマ』(99年)で破滅を夢見ていた黒沢清は姿を変えた。正統派宇宙人侵略ものである『散歩する侵略者』でさえも、それはある意味では夫婦愛の映画である。死者が甦ってくる純然たるホラーであるはずの『岸辺の旅』(15年)も、ラブストーリーとして結実する。黒沢清は夫婦愛の作家へと変化してしまったのだろうか? それはイエスでありノーでもある。黒沢清はつねに絶対的異者を描こうとする。それは恐怖の対象かもしれないが、いっぽうで愛する相手であるかもしれない。「それは僕が大好きなスタニスワフ・レムの小説、『ソラリス』のテーマなんです。自分はつくられたものであり実体がない、記憶の中だけで再生されただけのものかもしれないと思い悩む」。『ソラリス』はホラー小説であり恋愛小説であり、哲学的文学でもある。黒沢清の映画もまたそうなのである。甦った死者はたとえようもない恐怖の対象であり、同時に哀惜と哀慕の相手でもある。そのすべてを含むのが黒沢映画なのである。

いろいろ楽しい読みどころはある。クリストファー・ノーラン(『インセプション』)をボロクソに言うところ。助監督としてついた相米慎二の現場での経験から「現場で大変な思いをしたものはなるべく残したい」と思うようになったこと。あるいは「アニメにはこんなことできまい」と現場における偶然性の関与を誇り、ほとんど無意味な自慢をしてみせるところ。そして『岸辺の旅』で苦手なラブシーンをやったときのこと。「正直言いまして、最初は僕は嫌だと、そこまでやりたくないし、必要ないんじゃないか」と言い、「撮っていて大変恥ずかしかったです」という萌えるとしか言いようのないかわいらしさを発揮する場面。『クリーピー 偽りの隣人』(16年)をめぐる高橋洋との対談では、高橋が高倉(西島秀俊)の「心のなさ」に執拗にこだわるのが、高橋の作家的こだわりを感じさせて興味深い。

だが、それ以上に、いちばん恐ろしいのは蓮實重彦の予言である。

というのも最初のインタビューで、蓮實重彦はこれまでの黒沢作品がスタンダードかビスタの画面サイズであったことを確認し「シネマスコープで撮ろうというお気持ちは一度ももたれませんでした?」と訊ねているからである。そのときは言葉を濁していた黒沢清だが、『岸辺の旅』、『ダゲレオタイプの女』(16年)ではシネマスコープで撮り、「勉強するためにも、ここしばらくはシネスコサイズでやってみようかと思っています」と言うに至る。言ってみれば無意識の欲望を見いだし、それを指摘して行動に移らせた、ということなのだろう。師弟の絆というべきか。

残念なのは、個人的には最重要作品のひとつではないかと思われる『贖罪』(12年WOWOW「連続ドラマW」)にかんして何も語られていないことで、ここはもうすこし掘り下げてほしかったところ。いや、『映画秘宝』にもそのときやったインタビューが載ってたりするんですけど、どうでしょう?
世界最恐の映画監督 黒沢清の全貌 /
世界最恐の映画監督 黒沢清の全貌
  • 編集:「文學界」編集部
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(302ページ)
  • 発売日:2017-08-31
  • ISBN-10:4163907068
  • ISBN-13:978-4163907062
内容紹介:
九月公開『散歩する侵略者』(長澤まさみ他出演)公開を機に、世界から注目される異才の全貌に迫る。宮部みゆき氏らとの対談収録。

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初出メディア

映画秘宝

映画秘宝 2017年11月号

95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho

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