書評

『公家たちの幕末維新-ペリー来航から華族誕生へ』(中央公論新社)

  • 2018/07/30
公家たちの幕末維新-ペリー来航から華族誕生へ / 刑部 芳則
公家たちの幕末維新-ペリー来航から華族誕生へ
  • 著者:刑部 芳則
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(306ページ)
  • 発売日:2018-07-18
  • ISBN:4121024974
内容紹介:
ペリー来航から明治維新までの15年を彩る物語は、志士をはじめとする武家を主人公に描かれる。一方、公家たちは屈従を強いられ、歴史のうねりに翻弄された脇役として描かれてきた。だが、実際には公武合体から王政復古まで、彼らが果たした役割は大きい。天皇復権のため、有名無名の公家たちが志士たちを煽り、諸藩を相手に権謀術数を重ねたのである。激動の幕末維新期に裏から大政を操った彼らの姿を描く。

公家政治の実態を伝える

現代日本の幕末維新史のイメージは、いびつなものである。歴史知識に自信がある人でも、あるいはプロの歴史研究者でも、専門家以外は「公家」の政治や社会の実態を正確に理解している人は少ない。幕末の大名の概数は約280家。しかし、公家の概数を130~140家と即答する歴史ファンは少ない。

大河ドラマなどの時代劇でも、公家の描かれ方は「公家は添え物」「優柔不断で頼りなく弱々しい印象」のステレオタイプの演技がなされていると著者はいう。二十数年前、大学院生だった私は、幕末の孝明天皇の伝記的史料集『孝明天皇紀』を通読し、同じ感想をもった。公家は、弱々しくない。

本書を読めばわかるが、公家の世界で政治にかかわれるのは一握りであった。摂政関白になれる摂家(5家)、それに次ぐ清華家(9家)、大臣家(3家)までの計17家が、特権的な公家で、あとの120家は「平公家」といわれ御所に上がると、摂家の給仕までさせられていた。朝廷の意思決定は「朝議」であり、関白が決めて、天皇に上奏し、裁可される。平公家が政治に関与する、つまり幹部会議である「朝議」に参加するには「両役」とよばれる議奏(5人)か武家伝奏(2人)にならねば、ならない。120人中、7人という狭き門である。私に言わせれば、ここに公家たちの不満があった。異国を追い払いたい「攘夷(じょうい)」を主張しようにも、政治に関与できない。

そこで、岩倉具視などが旗を振って、公家たちが行ったのが「列参」という政治行動である。関白や天皇に、公家たちが集団で参上して意見を言上(ごんじょう)する。私が目にした史料では、鎖帷子(くさりかたびら)を下に着込んで脅した公家もいる。多数の力で政治意見を通すものであり、公家がこの列参をくりかえし、孝明天皇さえも、つるし上げをうけた。公家は日常、天皇に接している。将軍や大名ほど畏(おそ)れない。一次史料で見る公家は、弱々しいものとはほど遠い。院生時代の私は、その誤解を解くような専門書を書く必要を感じていたが、高橋秀直『幕末維新の政治と天皇』という好著が出て、安心して、忍者研究をはじめた。しかし、一般書で、こうした幕末公家政治の実態が紹介されることは少なく、本書の出版は、よろこばしい。

この本には書かれていないが、そもそも公家はなぜ弱々しくないのか。本書に掲げられた公家の肖像写真をみてもらいたい。岩倉具視を山賊のような豪傑顔とみる方は多い。一度、幕末の大名の顔写真と、公家の顔写真を何枚も並べて比較していただきたい。明らかに、大名のほうが面長で貴族的である。公家はむしろ庶民的。禄高(ろくだか)一万石以上の貴族である大名に対し、公家の多くは禄高が百石前後。一般の藩士と変わらない。そのうえ、公家の母親は、かなりの確率で、庶民とのつながりがあった。公家の母親が正室である場合は、公家の娘であるが、公家の系図をみると、しばしば側室が母親となっている。公家の側室は、京都近郊の社家や上層農民の女子が多い。しかも幼時は農村で養育される。

公家は、我々が想像する以上に、母系から庶民の血が流れ込んでいた人々である。大河ドラマ「西郷どん」では、岩倉具視に、笑福亭鶴瓶を配役している。意外という方もいたが、時代考証を担当する私からすれば、当然である。岩倉は、失脚隠棲(いんせい)中、毒殺を避けるため自身で調理もした。七輪で喰い物を焼くあの鶴瓶の生活感こそ現実に近い公家の顔である。
公家たちの幕末維新-ペリー来航から華族誕生へ / 刑部 芳則
公家たちの幕末維新-ペリー来航から華族誕生へ
  • 著者:刑部 芳則
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(306ページ)
  • 発売日:2018-07-18
  • ISBN:4121024974
内容紹介:
ペリー来航から明治維新までの15年を彩る物語は、志士をはじめとする武家を主人公に描かれる。一方、公家たちは屈従を強いられ、歴史のうねりに翻弄された脇役として描かれてきた。だが、実際には公武合体から王政復古まで、彼らが果たした役割は大きい。天皇復権のため、有名無名の公家たちが志士たちを煽り、諸藩を相手に権謀術数を重ねたのである。激動の幕末維新期に裏から大政を操った彼らの姿を描く。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年7月22日

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