書評

『物語 現代経済学―多様な経済思想の世界へ』(中央公論新社)

  • 2018/08/07
物語 現代経済学―多様な経済思想の世界へ / 根井 雅弘
物語 現代経済学―多様な経済思想の世界へ
  • 著者:根井 雅弘
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(205ページ)
  • 発売日:2006-07-01
  • ISBN:4121018532
内容紹介:
アメリカ型の経済学教育の導入により、経済学の一元化が進み、自由な思考にとって最も貴重な多様性が失われている。本書は、主流派が真剣に読まなくなった、マーシャル、ケインズ、サムエルソン、ガルブレイスらの経済学を再検討し、今日的視点から彼らの問題意識や問いかけのもつ意味を考察するものである。異端派を排除してきた「ノーベル経済学賞」の問題点をも指摘しつつ、相対化を忘却した現代の経済学に警鐘を鳴らす。

学問栄えて現実分析滅ぶ

アメリカの大学院教育は世界でもっともすぐれているといわれている。体系的教育という点では、社会科学のなかでは経済学が断トツの位置にある。ところがアメリカ経済学会から出された大学院の経済学教育の問題点をまとめた報告書(1991年)には、こう書かれている。テクニカルなものの習得に重点を置きすぎて、現実の経済問題への関心や経済問題のありかについての直感的洞察力の開発がなおざりにされている、と。教育や学問栄えて現実分析滅びるという危惧(きぐ)が指摘されているのである。

本書はこうした事態を経済学会において消費者主権や完全競争モデルを前提とする「正統派経済学」(新古典派系)が制覇してしまったことによるとする。「正統派経済学」の始祖であるマーシャルやワルラスには非経済的要因への十分な配慮があったのだが、学問としての経済学の洗練のなかで、非経済的要因を不純物としてそぎおとした結果であるという。だからファンの多いガルブレイスの経済学は「異端」として経済学として認められないことが生じる。ガルブレイスの書物は、問題解決の書ではないにしても、すぐれた問題提起の書物だと著者はいう。経済学は社会学や心理学などの他の領域から異質な要素を取り入れること、つまり「他者の介在」によって豊かになるだけでなく、現実への深い洞察も得られると強調されている。

著者の警鐘は、経済学にとどまらず、社会・人文系の学問についてもあてはまるふくらみをもっている。専門学会誌に発表される論文は、学会文法にそうことによって、洗練されてはいるが、知的興奮を伴うものは少ない。挑戦的な問題提起型論文は学術的ではないと論文査読者から差し戻されやすい。学問の洗練(異端と多様性の排除)という名で実のところは知の官僚制化が進んでいるのではないか。そんな危機を深く考えさせてくれる学問についての学問書。簡潔で鋭い。

【この書評が収録されている書籍】
学問の下流化 / 竹内 洋
学問の下流化
  • 著者:竹内 洋
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(302ページ)
  • 発売日:2008-10-01
  • ISBN:4120039838
内容紹介:
うけ狙いのポピュリズム化とオタク化の進む学界。紋切り型の右翼・左翼から抜け出せない論壇。書店にあふれるお手軽な「下流」新書…書き手として、読み手として考える「教養主義の没落」後の教養。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

物語 現代経済学―多様な経済思想の世界へ / 根井 雅弘
物語 現代経済学―多様な経済思想の世界へ
  • 著者:根井 雅弘
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(205ページ)
  • 発売日:2006-07-01
  • ISBN:4121018532
内容紹介:
アメリカ型の経済学教育の導入により、経済学の一元化が進み、自由な思考にとって最も貴重な多様性が失われている。本書は、主流派が真剣に読まなくなった、マーシャル、ケインズ、サムエルソン、ガルブレイスらの経済学を再検討し、今日的視点から彼らの問題意識や問いかけのもつ意味を考察するものである。異端派を排除してきた「ノーベル経済学賞」の問題点をも指摘しつつ、相対化を忘却した現代の経済学に警鐘を鳴らす。

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 2006年9月10日

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