時代に影響を与えたバンドの渦中にいた
昔、といっても1980年代。英国にジョイ・ディヴィジョンというバンドがあった。内省的で思弁的な歌詞と、曲を作りボーカルを担当していたイアン・カーティスのカリスマ的な存在感。けっして明るく元気になれる歌ではない。だが、風邪をひいて寝ているときにヘッドホンから流れてくるその音楽を聴いていると、このまま死んでもいいか、と思えるような、不思議な安息感があった。バンドは成功し、明日からは念願のアメリカツアーという晩に、イアンは自殺した。バンドは中心を失って、迷走した。
だが、バンドは名前を「ニュー・オーダー」と変え、ダンスミュージックの担い手として再出発する。シングル「ブルー・マンデー」の大ヒット、そして分裂……。
バンドの中ではどちらかというと隠れた存在だったギタリストのバーナード・サムナーが、この稀有(けう)な経験をしたバンドの歴史を語ったのが本書。正直に言えば、このバンドを撮った映画(複数ある)や研究書、暴露本の類いにはやや食傷気味だ。そりゃたしかに崩壊と再生をこれだけ極端な形で経験したバンドは他にあまりないかもしれない。でも、もういいじゃん、昔のことだよ、というのがオレの感想だった。
一読して、それでもこの本は必要だと思った。とにかく正確に、それから過度な修飾を排して書いてあることは、翻訳からでもわかった。そして、このバンドの特徴は著者自身が書いているが、音楽のジャンルが多岐にわたっていることだ。ダンスのための音楽も、瞑想(めいそう)的で静かな曲も、コテコテのロックもある。ライブの客層はその場その時で大きく異なるそうだ。それほど長く彼らは音楽を作り続けている。この物語はそうした音楽を内側から説明している。バンドストーリーの決定版。