手間と時間をかけて肉薄する楽しさを知る
何か、凄(すご)い本を読んだな、というのが第一印象だ。著者の言う「レコード」というのは、音楽を録音したLPレコードを指すのではない。もちろんそうしたアナログ盤もたくさん聴いているのだろうが、この本で語ってあるのは、ポータブル・レコード・プレーヤーにのっけるような、ぺらぺらのビニール盤のことが多い(死語になりかかっているのを承知で言えば、「ソノシート」などだ)。著者のビニール盤の集め方が興味深い。とにかく、全国を回る。古道具屋さんで気になるビニール盤を手に入れる。たとえば、夕張観光協会が制作した「黒ダイヤばやし」という音頭。あるいは、奄美大島在住の盲目の少女が、沖縄のアメリカ人宣教師の勧めで賛美歌を歌い始めたら、ひょんなことから、アメリカのキリスト教系放送局からリリースされたレコードとか。
私たちが抱くのは、よくまあこんなに集めたなあ、という感想じゃない。ネット時代になった今では、ピンポイントで自分の関心にあった「物」を探し当てる。一方で、著者は、手間と時間をかけて「物」に肉薄していく。そのプロセスが情報を集めるという行為そのものだったことを、思い出させてくれるのだ。だから気持ちが揺さぶられる。
著者の田口史人は東京・高円寺で「円盤」という店をやっている。私も幾度か足を踏み入れたことのある場所だが、レコード、ソノシート、フォノカード、ラッカー盤など、いろんな音源がある。レコードが音楽を聴くためのツールだと思っている人!あるいはもう過去のメディアだと思っている人!一度、足を運ぶか、この本を読んでみてほしい。自分の考えが偏狭すぎて厭(いや)になるくらい。
声高にではないが、現今の音楽を取り巻く環境にも鋭い指摘が。とにかく、手間暇(ひま)かけてちゃんと向き合うこと。これに尽きる。