書評
『大航海時代の日本人奴隷』(中央公論新社)
経緯や暮らし読み解く
江戸時代が始まる直前直後の時期には、ヨーロッパやアジアの各地、さらにはメキシコやペルーなど新大陸にまで、かなり多くの日本人の男女が奴隷や期限付きの契約使用人として運ばれて暮らしていた。その大部分が現代の言い方では人身売買に相当するが、そこにはポルトガル人の商人が深くかかわっていた。本書は、彼らの奴隷化の経緯や海外での暮らしの実例を、スペイン・ポルトガル植民地の公文書を丹念に読み解くことで再現した労作である。とくに詳細が判明しているケースとして扱われるのは、八歳頃に九州の故郷でさらわれて、長崎に暮らすポルトガル人商人に買いとられた日本名不明の少年「ガスパール」の生涯だ。この商人は、形だけカトリックに改宗しているユダヤ人だとして異端審問所に告発され、ポルトガルからゴア、マラッカ、マカオと逃れてきている人物だった。ところが、長崎にまで追っ手が来たことにより、少年は主人一家とともにマニラに渡り、ついにはメキシコ・シティにまで行きつくことになる。メキシコで奴隷身分からの解放を求める訴訟を起こしたことによって彼の生涯の記録が残っていたのだ。
興味を引かれたのはメキシコで発せられた裁判所の命令にもとづいて長崎でポルトガル人が証言をして、その証言書類がマニラを経由して着実にメキシコに届けられるといったスペイン・ポルトガル帝国(当時は統合されたひとつの王国だった)の精緻(せいち)な情報伝達のシステムであり、その厳格な文書主義だ。それが一六〇〇年頃にすでに帝国各地で確立していたことにより、この本は可能になった。
この二十年ほどの間に、アフリカ人の奴隷貿易については各地の研究者による史料調査が進んで、個人名の特定に至るような精緻な研究が進展しているが、この著作もその流れの中に位置しているだろう。こういう本を読むと、歴史家の仕事の醍醐(だいご)味というものを感じる。