自著解説

『初詣の社会史: 鉄道が生んだ娯楽とナショナリズム』(東京大学出版会)

  • 2019/01/31
初詣の社会史: 鉄道が生んだ娯楽とナショナリズム / 平山 昇
初詣の社会史: 鉄道が生んだ娯楽とナショナリズム
  • 著者:平山 昇
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(328ページ)
  • 発売日:2015-12-26
  • ISBN:4130262416
内容紹介:
年始の「国民的行事」はいかに定着したのか? 鉄道会社の経営戦略も絡んだ歴史の真相に迫る。
天皇の代替わりを2019年5月に控え、天皇制や日本のナショナリズムにまつわる議論が盛んにおこなわれています。そこでALL REVIWESでは、初詣・社寺参詣や天皇崇敬など日本人のナショナリズムに関わるテーマを、「鉄道が生んだ娯楽とナショナリズム」という観点から読み解き、専門性の高い学術書ながら発売直後に話題を呼んだ平山昇『初詣の社会史』の著者による自伝的自著紹介を公開します。

鉄道が生んだ娯楽とナショナリズム

2015年12月に『初詣の社会史』という本を東京大学出版会から出版した。これだけでも身にあまる光栄なのだが、さらにめでたいことにほどなくして重版となった。望外の喜びである。

本書の概要を簡単に述べると、「鉄道が生んだ娯楽とナショナリズム」という副題が示す通り、明治期に鉄道の発達とともに庶民の娯楽として成立した初詣が、やがて皇室ナショナリズムともからみあいながら「国民」行事として定着していく過程を論じたものである。「上から」の強制ではなく、人々が自発的に楽しみながら毎年同じ行事を反復することで強固な持続性をもったナショナル・アイデンティティが形成されていく過程を、初詣の近代史から浮かび上がらせたと考えている。

もっとも、実を言えば、研究者を目指しはじめた頃は「初詣は鉄道が生んだ娯楽イヴェント!」という程度のことしか考えておらず、まさか自分の研究がこんなところにたどり着くとは夢にも思っていなかった。なぜナショナリズムなどという厄介な「怪物」と関わる方向へと迷い込んでいったのか。

大衆ナショナリズムに感じた「モヤモヤ」

そのことについては、自分で意識的に言語化したことはなかったのだが、2016年2月に神田神保町の書泉グランデで開催した本書の刊行記念イヴェントで苅部直先生(東京大学法学部教授)と対談した際に図らずも言語化することになった。緊張感と昂揚感のなかで話したので、正確に覚えている自信はないが、だいたい以下のようなことを話したと思う。

学生当時、私のまわりには「ナショナリズムは時代遅れ」だとか「国民国家に捉われているのは愚か」といった類の言葉があふれかえっていた。感化されやすい私は、一時期自分もそのような主張をメガホンのようにまき散らしていたように思う。だが、その後(二〇〇〇年代)の日本社会は国民国家が相対化されていくどころか、マンガやインターネットといったメディアを動力源として、大衆ナショナリズムが戦後かつてない盛り上がりを見せていった。いったいこれはどういうことなのか、という「モヤモヤした違和感」がずっと頭のどこかにひっかかりながら私は大学院時代を過ごしたような気がする――。これが「娯楽とナショナリズム」という問題意識に至った背景の一つであると私は語ったような気がする。

娯楽から思想史・ナショナリズム研究へ

だが、実はこの対談では、重要な転換点があったことを話しそびれてしまった。ここではそのことについて記しておきたいと思う。

修士課程進学後、私は国民国家論への熱も覚めてしまい、そのことに対する後ろめたさのようなものもあって、天皇(制)や国民国家といったものから意図的に逃げ出すように、鉄道と社寺参詣の関わりについてもっぱら娯楽の側面に着目して研究を進めていった。そのころは実に無邪気に楽しく研究していたように思う。だが、その楽しさは、今思えば、本当は気になっているはずの「モヤモヤした違和感」にあえて蓋をしたままでの楽しさだったのかもしれない。

ところが、博士課程に入った頃から雲行きが怪しくなった。というのは、大正以降の初詣は、どうしてもナショナリズムとの関わりが無視できないことが見えてきてしまったのである。とりわけ私が扱いに困ったのは、明治神宮であった。この神社が大正9年に「出現」したことを、初詣の歴史のなかにどう位置付ければよいのか。娯楽という側面だけでは捉えきれないことは明らかであった。しかも、「国家神道」という何やら凄まじく激しい対立が生じているらしい領域にも足を踏み込まなければならない。途方にくれてしまった。途方にくれてモタモタと迷走しているうちに博士課程の在学年限が切れてしまい、生活費と研究費を稼ぐために始めた予備校講師の仕事がいつのまにか生活の中心になっていった。

震災と「ナショナリズム」の高まり

ところが、やがて「モヤモヤした違和感」が決定的になる(というより、ならざるをえない)出来事が生じた。東日本大震災である。このとき、平時では有りえない何ともいえぬ雰囲気が社会を覆うなかで、少なからぬ国民から「ありがとう!」の声(と涙)を集めたのは、ほかでもない天皇と自衛隊だった。この未曾有の非常時において、安心感(「絆」!!)への渇望からナショナルなものへの賛美が一気に噴出したように思われた。あるいはまた、いちはやく被災者をいたわるメッセージを発した天皇、危険を顧みずに被災地で奮闘する自衛隊というイメージが瞬く間に拡散し、「理屈抜きの行動」を至高視してその逆の「行動抜きの理屈」を激しく嫌悪するという非常時に高揚しやすい集団感情と見事に接合したようにも思われた。要するに、学生時代に散々耳にした「国民国家の相対化」とは正反対の、感情レヴェルでの「国民国家の絶対化」という事態を、私は否応なくつきつけられたのである。

このような情勢を目の当たりにしながら、呆然として何も手がつかない数日間を過ごしたところに、「今、歴史家としてなすべきこと」と題された指導教員の三谷博先生(東京大学名誉教授)からの「檄文」(私はそう呼んでいる)が門下生たち全員にメイルで届いた。それを読んでようやく我にかえった私は、突き動かされたように手持ちの史料を読み直していった。そして、明治神宮創建までのプロセスをたどっていくと、この東日本震災時の集団感情の噴出ときわめてよく似た状況がその出発点にあったということに気づいた。明治45年7月、重態に陥った天皇の平癒を二重橋前広場で土下座(!!)をして一心不乱に祈ったとある老婦人。その姿を映すたった1枚の写真が新聞に掲載されたことで平癒祈願が一気にエスカレイトし、明治神宮創建のストーリーのなかに深い刻印を残していく――。明治神宮創建後に初詣に流れこんでくる「庶民の娯楽」とは異質な水脈の源流が、このときようやく見えてきたのだった。したがって、本書のもとになった博士論文が二〇一一年の秋に完成したのは、偶然ではない。

「娯楽とナショナリズム研究」のこれから

このような紆余曲折を経て、楽しげな娯楽史研究から始まったはずの私の研究は、結局「娯楽とナショナリズム」という思いもよらないところへたどりついてしまった。もっとも、ナショナリズムや国民国家をめぐる議論にまったくの未消化のままで熱中した学部生時代のトラウマもあって、初詣の歴史をナショナリズムと結び付けてきちんと描けたのかということについては、実は刊行後も十分な自信が持てないままでいた。しかし、対談イヴェントで苅部先生が「平山さんは、ナショナリズムの理論はあまり勉強していない。でも、だからこそ逆にナショナリズムの様相がよく見えてくる本になっている」と言ってくださり、また、同じ三谷ゼミOBたちが集まって開いてくれた書評会で、先輩の塩出浩之さん(現・京都大学准教授)から「これは天皇制の研究だ」と言ってもらったおかげで、「ああ、天皇とかナショナリズムといったことについて、自分も一定の知見は提示できたのかな・・・?」とようやく思えるようになってきた。

ちなみに、この書評会は2016年刊行の塩出さんの大著『越境者の政治史』(名古屋大学出版会)の書評会と同時開催となった。塩出さんから「どちらの本も<ヒトの移動>のインパクトに着目している」と思いがけぬ共通点を指摘されたが、私は、塩出さんの壮大なスケイルの本と、日本内部の、しかもほとんど年末年始しか対象にしていない拙著のあいだに、まさかそのような糸の通し方があるとは思いもしなかったので、心底驚いてしまった。

ひょっとすると、著者の私自身が予想しない読み方がまだまだあるのかもしれない。できればお手柔らかにお願いしたいが、どんな辛口の評価をされようとも、購入してくださった方であれば心から感謝したいと思う。

というわけで、最後にあつかましいお願いですみませんが、皆様、是非買ってください!!(笑)

[書き手]平山昇(ひらやま・のぼる:九州産業大学商学部准教授・日本近代史研究者)
初詣の社会史: 鉄道が生んだ娯楽とナショナリズム / 平山 昇
初詣の社会史: 鉄道が生んだ娯楽とナショナリズム
  • 著者:平山 昇
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(328ページ)
  • 発売日:2015-12-26
  • ISBN:4130262416
内容紹介:
年始の「国民的行事」はいかに定着したのか? 鉄道会社の経営戦略も絡んだ歴史の真相に迫る。

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初出メディア

パブリッシャーズ・レビュー

パブリッシャーズ・レビュー 2016年5月号

「パブリッシャーズ・レビュー」は、東京大学出版会(5・11月)、白水社(1・4・7・10月)、みすず書房(3・6・9・12月)の三社が、各月15日に発行するタブロイド版出版情報紙(無料)です。

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