書評

『女流文学者会・記録』(中央公論新社)

  • 2019/02/06
女流文学者会・記録 /
女流文学者会・記録
  • 編集:日本女流文学者会
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(246ページ)
  • ISBN:4120038734
内容紹介:
日本の近現代文学に豊かな果実をもたらしたユニークな会のドキュメント。

身構え、自問しつづけた70年の歴史

70年近く続いた女流文学者会が、会長の津島佑子さんの英断で幕を閉じた(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2007年)。本書はこの会の記録として出版された。折々の例会で会員が集まった写真のほかに、会が成立したいきさつや歩みなどが、エッセイや座談会などで綴(つづ)られていて、文学史の貴重な資料としての価値はもちろん、あらためて「女流作家」について、考えるきっかけを与えられた。

とりわけ二つの座談会が面白い。1951年の吉屋信子、林芙美子、佐多稲子、平林たい子の座談会は、ともに戦争中を生き抜いてきた感慨が共有されていて、書くものは違っていても、衣食住さらには男性との関(かか)わりなどで、お互いに見通しがきいている。日々の暮らしが想像出来るのだ。それは貧しさであったり、戦争中の精神的な閉塞(へいそく)感であったり、世間の白い目であったり、その中で書いているという自負であったりする。

彼女たちの肩には、重い荷物が覆い被(かぶ)さっていたが、仲間はいたし、闘う相手も見えていた。

この対談が行われた9日後、林芙美子が他界する。平林たい子による追悼文がこの座談会の記事とともに『婦人公論』に掲載された。

「……私達は、思いがけず二人とも文壇の人間になったが、私達の夢はこんなことではなかった。もっともっと、崇高ですばらしい筈(はず)だった。きのう、林さんの死顔を見たとき、私達の人生は所詮これだけのことだったのか、と思って、自分の幻滅ばかりでなく、一緒に林さんの幻滅を思って涙が流れて仕方がなかった」

この痛切な言葉は重い。名を残した先駆者たちの、遂げられなかった思いの大きさに圧倒される。同時に、時代を超えて、どんな作家であれ、死ぬときは同じ心境に至るのかも知れないとも考えた。

1960年の、佐多稲子、円地文子、曽野綾子、平林たい子による座談会は、円地文子と曽野綾子が加わることで、急に女流の枠組みが広がり、論理的な色彩も増している。

女流作家とは何だろう、というテーマが提起され、外側からの圧力への対応も多様化している。男が描く女、女が描く男、という双方向の視線も話題に上ってくる。

前の座談会では、世界とどう闘うか、どう生き延びて書くか、で盛り上がったが、9年後には、自分たちの存在が相対化されている。

女流文学を観念と心情の面から議論しているのも、今から思えば陳腐だが、新鮮な分析だったに違いない。

「小説は男の仕事だと思う、女の小説は女らしさを売り物にしている、わたしは女の床屋に顔をそられるのがいやなように、そういうものが鼻につくたちである。ついでながら、その点、新しい才女有吉佐和子、曽野綾子には女臭さがない、これは彼女らの長所でもあれば欠点でもある」

という河上徹太郎の言葉が紹介されていて、当時としては率直であったと思われるこの感想に思わず溜息(ためいき)をつき、しみじみ時代を感じさせられた。女流作家を取り巻く環境が変わったというより、女流作家そのものが進化することで、周りを変えてきたのだ。

女性は「女であることを意識しないで書く」ことが難しい。強く意識するにしても、あえて否定するにしてもだ。その意味では私もれっきとした女流。ただ私にとって女流は、アドバンテッジではあってもハンディキャップではない。

女流であることをアドバンテッジにしたのは、私個人ではなくて、女流とは何かを問いつづけてきた煩悶(はんもん)の歴史なのだとあらためて思う。外からの視線への身構えや自問の積み重ねは、単に作品だけでなく、自らの存在確認にまで及び、ほとんど無意識のうちに女流のDNAとして受け継がれてきた。

女流という言葉が持つ閉鎖的なニュアンスゆえ、いまさら女流も男流もあるまいという、この70年の歴史を無視した言い方も耳にするが、それは本当に、未来の女性の作家にとって、いえ文学全体にとって、良いことだろうか。

性差を意識しないで書くことが文学的な深化を生むかどうかという、本質的な問題に突き当たる。

女流が今の隆盛を迎えたのは、自分の立ち位置を外から見る目を持ったから、持たされたから、持たなくては生きてこれなかったからではないのだろうか。つまりは意識するしないに関わらず、書くにあたっての性意識が、外に向かう身体的な表現力を生んだ結果ではないのか。そしてこのことは、男性作家と無縁のことなのだろうか。

女流文学者会は幕を閉じたが、「女流」の意味がポジティブに塗り替えられ、再度問い直されるときが来るような気がする。

書きはじめのころ女流と呼ばれるのがいやだった。けれどいま、常に概念を変えつづけてきた「女流作家」の末端にいることを誇りに感じている。

歴史を新たな色でつなげて行くことは出来ても、歴史から離れて存在することなど、出来ないのだから。
女流文学者会・記録 /
女流文学者会・記録
  • 編集:日本女流文学者会
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(246ページ)
  • ISBN:4120038734
内容紹介:
日本の近現代文学に豊かな果実をもたらしたユニークな会のドキュメント。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2007年10月14日

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