書評

『日本主義と東京大学―昭和期学生思想運動の系譜』(柏書房)

  • 2020/02/15
日本主義と東京大学―昭和期学生思想運動の系譜 / 井上 義和
日本主義と東京大学―昭和期学生思想運動の系譜
  • 著者:井上 義和
  • 出版社:柏書房
  • 装丁:単行本(249ページ)
  • 発売日:2008-06-01
  • ISBN-10:4760133348
  • ISBN-13:978-4760133345
内容紹介:
国家的危機の時代における大学の使命とは何か。欧化一辺倒の東京帝国大学に学風改革を迫り、高度国防国家を標傍する政府とも命がけの思想戦を繰り広げた東大生たち。戦時体制下で宿命的に挫折した"日本主義的教養"の逆説を読み解き、日本型保守主義の可能性を探る。

紋切り型昭和戦前史観を覆す

『日本主義と東京大学』を読む

「昔恋しい 銀座の柳」ではじまる『東京行進曲』(西條八十作詞・中山晋平作曲)は、昭和四年(一九二九)の大ヒット曲。第四聯の冒頭は、西條の原案では「長い髪してマルクスボーイ 今日も抱へる『赤い恋』」だった。しかし、レコード会社は、この詩では、当局を刺激すると、西條に書き直しをしてもらった。書き直し後が、「シネマ見ましょか お茶のみましょか」である。西條の原案にあったように、左翼学生は「マルクスボーイ」や「エンゲルスガール」として歌謡曲の詩に採り入れられるほどになっていた。

しかし、満洲事変(昭和六年〔一九三一〕)以後、左翼運動の弾圧強度が増し、かわって右翼運動が学生のあいだにひろがりはじめる。ところがこれまで、左翼学生運動は、理性的・反体制的であるから研究に値するが、右翼学生運動は、狂信的・体制的とみなされて、まともな研究がほとんどなされてこなかった。本書(井上義和『日本主義と東京大学――昭和期学生思想運動の系譜』柏書房、二〇〇八年)はそうした紋切り型昭和戦前史観から自由になった若い世代(著者は三十五歳)の快作である。

昭和十年代半ばになると、右翼学生運動がひろがっただけではない。優秀な学生ほど、日本主義学生運動に加担するようになったのである。その中枢をになった団体が、「東大精神科学研究会」(昭和十三年〔一九三八〕創立)とその全国的組織である「日本学生協会」(昭和十五年〔一九四〇〕創立)である。日本学生協会の会員は、昭和十六年(一九四一)に「東京で三五〇〇人、全国で四一一八人にまで膨れ上がっていた」という。当時の学生総数が十九万人弱だから、学生の二%強が会員だったことになる。

この数字は本書が明らかにしたほんの一例だが、従来、まったくといっていいほど看過されていた日本主義学生運動についてのデータ的復元がすごい。しかし、もっとすごいのは右翼学生運動の活動と思想を掘り起こすことで、当時の政治状況を斬新な視点で解きほぐしていることにある。日本主義学生運動は、体制的どころか、当局からは危険な団体(反体制)と狙われていたのである。

東條英機の差し金で昭和十八年(一九四三)二月十四日、かれらの主要メンバーは、東京憲兵隊によって逮捕され、団体の解散が命じられる。といっても、日本主義学生団体は狂信的集団などではない。聖徳太子の御聖徳や御製をとおして明治天皇の御聖徳を「讃仰研究」(仰ぎたっとび、全力をつくして研究すること)する「日本主義的教養」にもとづいた「日本型保守思想」の原型でさえあった。

日米開戦後すぐに人間の不完全性(「共に是れ凡夫のみ」)と戦争の非道徳性に鑑み、戦争は長期であってはならないと、「短期決戦論」を唱えてさえいた。いやそうだからこそ日本主義学生運動は体制エリートに忌避されたのである。

革新右翼と結託した政治家・官僚・学者の国体論は「エリートが大衆を支配するため」の国体論(国難の打開)である。それに対して、日本主義学生運動のいう「臣道実践」は、万人の悲しみ・苦しみを自分の心のなかに敏感に受けとめ得るように自分の心を鍛錬することで、「エリートが自己を拘束するため」の国体論(国体護持)である。日本学生協会の学生たちは、観念右翼の情理をつきつめ、「国体の護持」の観点からエリートの襟を正すものだった。清々しくも凜々しい運動だった。左翼だけが反体制なのではない、右翼もまた反体制でありえるのである。紋切り型昭和戦前史観を根底から改編する力作。
日本主義と東京大学―昭和期学生思想運動の系譜 / 井上 義和
日本主義と東京大学―昭和期学生思想運動の系譜
  • 著者:井上 義和
  • 出版社:柏書房
  • 装丁:単行本(249ページ)
  • 発売日:2008-06-01
  • ISBN-10:4760133348
  • ISBN-13:978-4760133345
内容紹介:
国家的危機の時代における大学の使命とは何か。欧化一辺倒の東京帝国大学に学風改革を迫り、高度国防国家を標傍する政府とも命がけの思想戦を繰り広げた東大生たち。戦時体制下で宿命的に挫折した"日本主義的教養"の逆説を読み解き、日本型保守主義の可能性を探る。

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初出メディア

熊本日日新聞

熊本日日新聞 2008年7月20日

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