書評
『清水義弘、その仕事』(東信堂)
教育社会学の開拓者
『清水義弘、その仕事』を読む
あるシンポジウムで年輩の学者と一緒だったときのことである。「きみのようなものが教育学部で、よく生き残れたね」と言われたことがある。一九六〇年代までの教育学部といえば、進歩的教育学者の牙城だったから、左翼でもないきみのようなものがサバイブできたね、と言われたのである。
なかでも東京大学教育学部は宗像誠也教授(教育行政学、一九〇八~七〇)をはじめとする日教組講師団の巣窟だった。彼らは論壇や出版界でも売れっ子だったから、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。そんな東京大学教育学部に赴任してきたのが、本書(清水義弘先生追悼集刊行委員会『清水義弘、その仕事』東信堂、二〇〇七年)の清水義弘教授(一九一七~二〇〇七)である。巻き込まれるか、いじめられ、放逐されるかのどちらかであったろう(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2008年)。
清水はそのいずれでもなく、教育の実証的研究によって教育社会学を学問として屹立させることに奮闘した。教育社会学を東大教育学部のなかで最も人気のある講座にした、歴史に残る大教授である。政府の審議会委員も多数こなした。
そんなことから進歩的教育学者は清水に(政府の)御用学者というレッテルを張った。しかし、清水を御用学者というなら、進歩的教育学者は日教組御用達学者であろう。
本書はそんな清水の薫陶を受けた天野郁夫東大名誉教授や潮木守一名大名誉教授など、錚々たる弟子たちの清水回想録である。弟子たちが異口同音に思い出として語るのは、清水に厳しく叱られ、ときには破門され、すぐに許されたことである。他方で、落ち込んでいるときに、声をかけ、励まされ、就職の世話などの面倒を見てもらったことである。その厳しさは、いまではアカハラになってしまうだろうし、世知辛い昨今では、清水のような面倒見のよさは、困難だろう。逝きし日の師弟関係がなつかしく、美しい。
週刊東洋経済 2008年4月5日号
1895(明治28)年創刊の総合経済誌
マクロ経済、企業・産業物から、医療・介護・教育など身近な分野まで超深掘り。複雑な現代社会の構造を見える化し、日本経済の舵取りを担う方の判断材料を提供します。40ページ超の特集をメインに著名執筆陣による固定欄、ニュース、企業リポートなど役立つ情報が満載です。