書評

『父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない』(朝日新聞出版)

  • 2019/05/18
父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない / 橋本 治
父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない
  • 著者:橋本 治
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 装丁:新書(0ページ)
  • 発売日:2019-04-12
  • ISBN:4022950110
内容紹介:
「父はえらい、男はえらい、だから説明能力がなくてもいい」そんなバカげた世界は、とっくの昔に崩壊している!トランプ大統領の出現後、日本の組織でもパワハラ、セクハラが露わになり、官僚や大学のオヤジ体質が暴かれていく。男たちの「論理」が通用しない時代に、なぜ「父権制の亡霊」がはびこるのか。都知事選の変遷、ハリウッド映画の分析、学生運動の成り立ちから政治家のスキャンダルまで、あらゆる現象を歴史的にひもときながら、これまでの「当たり前」が失効する世界の到来を説く。ベストセラー『知性の顛覆』に続く、橋本治による最後の指南!

平易に広く思想語る

橋本治の作品は大ざっぱに二つに分かれる。一つは『桃尻娘』に始まる文学作品で、もう一つは今回の作品のような批評、時評である。後者を私は思想と言っていいと思っている。でも日本社会の常識として、かならずしも思想書とは受け取られていないと思う。思想は難しい言葉で、抽象的に書かれていなければならない。そういう暗黙の決まりがあった。だから思想は哲学に占有されることになる。哲学とはわからないものなのである。だからわかりやすく具体的に書くと思想ではなくなる。橋本作品は常に後者である。

今作品は、映画や政治的な事件を通じて、著者の生きた時代の社会の変化を、父権制の崩壊という面から論じている。著者はいわゆる団塊の世代で、読みながら、ああ、団塊だなあ、としみじみ思う。私は一世代上の年齢で、なぜかどこかが団塊の世代とは食い違う。親しい友人たちも多いし、家では家内も団塊の世代だから、団塊を忌避しているわけではない。ただなにかが違うと感じる。でもそれに明快な回答ができるわけではない。

その第一が、社会的関心の強さである。著者は病床にありながら、安倍政権下で生じたさまざまな「事件」を追う。それをすでに崩壊した父権制の中に取り残された人たちの行動として解釈する。その一貫性は見事なものである。私はそういうことにあまり関心がない。まして入院中に政権の不祥事などに関心は持てない。病気なんだから、それどころじゃないのが普通であろう。だから著者の社会的関心の強さには驚くしかない。

団塊以降、普通の人が社会的関心を持つようになった。それまで政治はエライ人だけが関わるものだった。そこでセクハラが登場するのだが、それはセクハラを行う側が父権制下の「常識」に取り残されているからなのである。「それで当然だろ」が通用しなくなる。しかし当人はそれに気づいていない。セクハラはパワハラの一部だと著者は説く。ではこの本を読んだら、やる側がそれに気づくかというと、そういう人はこの本をまず読まないだろうなあ、と思う。問題の解決は、そういう人たちが死に絶えるまで待つしかない。それが私の結論になるが、著者はそれをどう思うだろうか。

問題は父権制と著者が呼んでいるものの、どこまでがヒト本来の性質にもともと付属するもので、組織の中であれば世界中どこでも同じなのか、どこまでが日本固有の現象なのか、ということであろう。戦後の日本ではそこにアメリカ社会の風潮が絡んでくるから、スーパーマンからスパイダーマン、スター・ウォーズからドン・コルレオーネまで本書に登場することになる。第二章は「とんでもなく下らない話」というタイトルになっていて、そこでは「父がいないスーパーヒーロー達」という項がある。私事だが、私は四歳で父親を亡くしているから、そのことも著者の考え方への親近性が関係しているかもしれない。橋本治にも父親のイメージがない。父権制を客観的に把握するには、父親の不在が重要なのかもしれないと思う。一時「父親不在の教育」が話題になったこともあるが、それは父権制の側からする最後の抵抗だったのか。

著者のように、平易に広く自己の思想を語れる人材は少ない。『宗教なんかこわくない!』『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』はいずれも名著である。橋本治は団塊の世代を代表する作家、思想家だったと言って過言ではないであろう。残念ながら今年の一月に逝去された。謹んでご冥福を祈る。
父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない / 橋本 治
父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない
  • 著者:橋本 治
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 装丁:新書(0ページ)
  • 発売日:2019-04-12
  • ISBN:4022950110
内容紹介:
「父はえらい、男はえらい、だから説明能力がなくてもいい」そんなバカげた世界は、とっくの昔に崩壊している!トランプ大統領の出現後、日本の組織でもパワハラ、セクハラが露わになり、官僚や大学のオヤジ体質が暴かれていく。男たちの「論理」が通用しない時代に、なぜ「父権制の亡霊」がはびこるのか。都知事選の変遷、ハリウッド映画の分析、学生運動の成り立ちから政治家のスキャンダルまで、あらゆる現象を歴史的にひもときながら、これまでの「当たり前」が失効する世界の到来を説く。ベストセラー『知性の顛覆』に続く、橋本治による最後の指南!

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年4月28日

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