書評
『わたしの仕事 全1冊―260人が語る222の仕事』(理論社)
聞き書き・一九五の仕事
二二九人に聞いた一九五の仕事についてのインタビュー集、今井美沙子『わたしの仕事全一冊』(理論社)(ALL REVIEWS編集部注、1993年12月増補改訂版出版)。七年間雑誌に連載されたというものの、のべ二二九〇枚!それこそ大変な「仕事」である。重くて分厚い本を膝で支えながら、一ページ一ページめくっていくと、「なるほどなあ」というセリフにたくさん出会うことがあった。美しい心で作られた酒は、飲む人を美しく酔わすんですよ。
手作りの豆腐がほしいという時がくると信じとる、今はじっとがまんのときや。
元気と陽気、やっぱし、直接手渡したいわ(パン屋さん)。
人を傷つけて築いたものはいつかはくずれると思います。逆に人を喜ばして築いたものはくずれないと思います(味噌屋さん)。
汚い話やけど、鼻くそかて、黒いのが出ますねん(かじやさん)。
誠意やよ、心やよ、ふとん袋に心あるか、ないやろ、ものを売るということは自分の心を売るということや(外商さん)。
ほら、ほら、あんた方、今夜もわたしのしわ、ひとつずつ持って帰ってや(飲屋のおかみ)。
読んで涙が出たところが一ページある。プログラムエンジニアだった井上恭至さんはいまは奥さんの智恵子さんとホットドッグ店を開業している。母と二人の子を御巣鷹山、真夏の日航機事故でなくした。一周忌に好物のホットドッグをアイスボックスに入れて御巣鷹山に登り、供えた。それから亡くなった子どもたちと同世代の子どもたちのために、ホットドッグを作ってやろうと思ったという。そういう動機で仕事を選ぶ人もいるのだなあ、と感銘を受けるとともに、「アイスボックスに入れて」と書き止め得た著者はエラいと思った。
雑誌が多くなり、テープ録音もたやすくなって座談やインタビューが多く活字になっているが、内容のない薄っぺらなもの、まとめ手のひとりよがりが目立つもの、間投詞や語尾がうるさくて読んでいられないものもいぜん多い。その点、本書は一人一人の対象にキチンと沈潜して、話しぶりの個性も生かしながら、整理もゆきとどいている。仕事の手順の説明もわかりやすく、地名や年代などデータを含め、背後の仕事量がうかがえる本である。
とにかくいろんな仕事があるものだ。浪人して留年して失業して、ようやく三十代後半に自分の仕事に出会った人もいれば、学校に行く間ももったいなくて二十三歳で会社を作る人もいる。夢を失わずにいればマイペースで生きていいのだと、ふっと肩が軽くなった。
【旧版】
【この書評が収録されている書籍】
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