書評
『王のパティシエ─ストレールが語るお菓子の歴史』(白水社)
古き時代を甦らせるレシピ本
18世紀前半、元ポーランド王の娘マリアの輿入(こしい)れに付いてきたニコラ・ストレールは、ルイ15世のパティシエとなり、やがてパリに菓子店を構える。これが老舗店「ストレール」の始まりだ。本書は実録ではない。店に残るレシピや記録、史料、文学的文献などを元に、丹念に作りあげられた精緻(せいち)なフィクションである。革命前年、パリの街では怒りに駆られた人々が火を放ち、略奪や殺人が横行している。ストレール翁は曽孫に菓子作りの奥義と食の歴史を伝承するため、日記を書くことにした。美食の歴史がメソポタミアから繙(ひもと)かれる。マカロン好きだったラブレーの著書や『ドン・キホーテ』からの引用。パティシエとは元々、塩味のパテやタルトを作る職人を指したこと。ワッフル売りや牛乳売りの呼び声など、街のサウンドスケープが再現されるのも楽しい。本書は、小粋な風刺小説であり、過去から過去へ遡(さかのぼ)る二重の歴史書であり、古き時代を甦(よみがえ)らせるレシピ本である、という夢のような一冊だ。ストレールのお菓子の小箱のように愛らしく、そしてあらゆるものが詰まっている!
朝日新聞 2011年2月13日
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