書評
『タイタニックは沈められた』(集英社)
英米の比較考察みごと
「まさかそんなことが」と思うような本に出会うことがある。歴史をぬりかえる真実はこうだの類。あるいは義経伝説のような夢物語。人は誰でもこうした決められた枠を離れた話に興味を抱く。陰謀史観がくり返される所以である。タイタニックは沈んだのか、沈められたのか。一九一二年に北大西洋を処女航海中、氷山に激突して海難史上空前の惨事をひきおこしたタイタニック号。これはもうそれだけで充分にミステリアスだ。だから沈没当初から様々な神話が流布されてきた。著者もまたその神話に魅せられた一人だ。そして本書執筆は、約十年前の英仏合同調査隊による沈没船調査に端を発している。
もっとも「センセーショナルな本はもうご免だよ」と早合点されては困る。タイタニック号と姉妹船オリンピック号とのすりかえの可能性を最大の論点にしながら、それを追究する著者たちの手法はさすがにイギリス流と言いたくなるほど、実に着実でオーソドクスなのだから。
まずすりかえ陰謀論ありきなのではない。当時の資料を読みこなし、あたかもジグソーパズルを解くかの如く一つ一つ小さな事実を明らかにしていく。著者たちの粘着性を発揮したあまりにも精緻(せいち)な論証は、時に息苦しさを覚えるほどだ。だが偶然また偶然の連鎖の構造が、いつのまにかある種の必然の可能性をたぐりよせていく。
では著者たちは、汽船会社のすりかえ陰謀論を実証したのか。答えは明快に否だ。偶然の連鎖が陰謀論をかなりの程度事実に見せるものの、「タイタニック号沈没は、まさにこの物差しの中間にある。船は故意による過失で沈んだのである」。これが結論である。
本書を読む楽しみは、二十世紀初頭の英米の政治・経済・社会の比較考察にある。まさにタイタニックを焦点にして。アメリカの攻撃的ジャーナリズムやショーマン的政治家の介在。対するイギリスの一見事なかれ的官僚主義風の対応の背後にある計算されたしたたかさ。双方のぶつかり合いは、なかなかに見ごたえがある。
それに今一つ。氷山はクリーンではなく、太古の臭いを漂わせて悪臭を放つものなのだそうだ。これは印象に残る証言だった。
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