書評

中島みゆき全歌集(朝日新聞社)

  • 2017/07/08
中島みゆき全歌集 / 中島 みゆき
中島みゆき全歌集
  • 著者:中島 みゆき
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(243ページ)
  • ISBN:4022556196

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中島みゆきが素手で、あるいはギターひとつもって舞台へでてきて、立姿や椅子に腰かけたままで弾き、語り、歌うと、あの小さな身体からでてくる音、リズム、メロディ、歌詞が渾然となって、広い空間をいっぱいに満たしてしまう。その有様は壮観という感じがする。こんなことができる歌い手はほかに、美空ひばりと矢野顕子くらいしかいないとおもう。ふつうの歌い手は、音声が発出する身体の周辺に濃度のマキシマムをもち、舞台から遠ざかるにつれて薄くなってゆく縞模様の音声空間をつくる。そして、広さを勘違いした歌い手や力量のない歌手は、絶叫に近い声をだしても、拡声装置のヴォリュームをあげても、舞台のこちら側に音声の空間が届かない。これはソロ歌手にとって、哀しいくらいはっきりした事実だ。

この三人の女流の歌い手のなかで、中島みゆきの特徴をあげれば、ひとり古来の遊行の女婦といった存在感をもっていることだ。思春期に這入りかけたころ、何か家についた神明に憑かれて、家を捨ててお前は遊行せよと夢で囁かれ、ふと或る日、出奔して他郷に旅立ってしまう。見知らぬ他郷の村人たちと仲良くなり、喰べる糧を喜捨してもらうために、もって生まれた才智を生かし、物語の詩を創作し、それに曲譜をつけ、歌い語り、諸国を遊行して歩く。結社や講や興行システムが設ける舞台より以前の自然の巷角で、じかに自前の得意な役柄に成りきって、語り歌を歌ってきかせる。どこで果てても、どこで持ち前の器量で分限者の妻妾となって定住しても、それは運命のようなものなのだ。

こういう古代や中世の遊行女婦の面影を、あたうかぎりモダンな存在感のうちに保存しているのは、現在では中島みゆきだけだ。彼女はじぶんで詞を作り、じぶんで曲譜をつけ、じぶんの声調で唱いあげ、できるだけ小道具や大道具を使わないで、じかに生のままの音声で自作の物語=詩とメロディの世界を聴衆にきかせようと試みてきた。そして、そのままの形を保存しながら円熟してきたために、コンサートの会場でじかにその姿、音声の質、歌詞、メロディの渾然とした世界に触れたときの魅力は、比類のないものになっている。

この本は、中島みゆきの渾然とした音と声の宇宙から、音声とメロディを抜いてあるために、魅力は半減してしまっていることを、はじめに言っておくべきだとおもう。近作「毒をんな」を例にとれば、

この人間たちの吹きだまりには
蓮の花も咲きはせぬ
この人間たちの吹きだまりには
毒のをんなが咲くばかり

これが歌のメイン・テーマで、四回くり返されるわけだが、これだけではごく平凡な言葉づかいで、安キャバレーの風俗をひろっているようにみえる。だが、この歌詞に曲譜をつけたときの魅力はこたえられない。どんな専門家もどんな素人も予想できない特異なメロディが、ほとんど身体生理から発するような緊密さで、彼女の肉体とこの歌詞の主調音とを連結してゆく。メロディと音声がこの歌い手の生理とコトバのあいだをするすると独特な曲線路で接着してしまうのである。それは女性の気だるい投げやりな情感を、デカダンスの方位へではなく、明るい飛揚感の世界の方位へ捲きこんでゆくメロディとでも言おうか。だからコトバとしての歌詞の良さと、メロディや音声を伴ったときの歌詞の良さとは、少しずつずれてしまうことは避け難い。中島みゆきの歌う世界に通暁した人は、この本からメロディや音声を再現しながら読むだろうし、そうでない人は歌コトバの詩人の詩集としてこの本を読むだろうが、どう読んだとしてもこれが言葉の世界に還元されたときの彼女の全部の世界だということは間違いない。

この本の歌コトバのおおきな流れをひと口にいってしまえば、恋や愛を喪失した「女」の嘆きの歌ということになる。このばあいの「女」は、恥じらいとか知的な衣裳などかなぐり棄てた、ちょっと捨て鉢になって、あばずれのまねをした素人「女」といったイメージになる。そんな「女」にのり移って、男の心変りに耐えながら、怨ずるコトバをつぎつぎにくり出してゆく。

おまえの歩く そのとおりにGoin' Down
街はいくらでも おちぶれるやり方の見本市
ふたりで同じ ひとつ穴のむじな
腐れ縁と呼ばれたかったわ 地獄まで落ちても (「テキーラを飲みほして」)

煙草をください あの人に見せたいから
煙草をください わざとすってみせるから
みつめてください 噂がうまれるように
私が本当は 移り気に見えるように

踊りの輪の中には あなたとあの娘
溶けあうように
いま煙草の煙が 途切れたすきにわかってしまう (「煙草」)

ゆき先なんて どこにもないわ
ひと晩じゅう 町の中 走りまわっておくれよ
ばかやろうと あいつをけなす声が途切れて
眠ったら そこいらに捨てていっていいよ (「タクシー・ドライバー」)

これが圧倒的に迫ってくるメイン・テーマだ。ようするに男の心変りのうしろに、別の女の影があり、それをおぼろ気に気づきながら、捨て鉢になって嘆き、ひそかに心にかき口説く「女」が、一人称で吐き出す嘆き歌が、中島みゆきの歌コトバの宇宙である。この「女」は時に応じてどん底の境涯の娼婦のばあいも、女子大生風に、男の見えすいた嘘にたいして、さらりと恨みの表情をみせるばあいもあるにはあるが、いつも主調音はかわらない。そしてこの主調音が、くり返し、くり返し反復されておしよせてくるのを感ずるとき、この歌コトバの詩人はほんとうの意味の大衆詩人の熱気を伝えてくる。わたしたちの現代詩の世界にも、どうやら運命的な大衆詩人が現われて、知的衣裳や社会のしきたりをかなぐりすてて、なりふりかまわず惚れては、男に捨てられて、男と別れ、男に心変りされた嘆きを、飽きることなくかき口説く「女」を代弁できるまでになった。わたしたちは、彼女の産みだす歌コトバを耳で聴き、意味でたどり、メロディによって慰安を感ずることができるのだ。

心がわりした男が、蔭に他の女のできたことをちらちらさせながら立去ってゆくのをじっと耐えて、捨て鉢なセリフを吐きちらす「女」の姿に、中島みゆきが繰り返し固執してきたのは、いったい何を意味するのだろうか。けっきょく「女」とはなにかについての核心を中島みゆきがそこにみているからだということになる。さっそうと自立した姿でもなく、知的で向日的な姿でもなく、女権のためにたたかう姿でもなく、男の心変りと移り気にたいして、こらえたり、やけになったり、恨みや嘆きを吐き出したりといった喪失の姿に、「女」の情念の本質をみているからだ。たぶん中島みゆきも、ふつうの現代風な知的な女性として、現在のふつうの若い女性が経てゆく履歴を経たにちがいない。だがどこかでいつか家についた歌の神明から、役に立たぬものは脱ぎ捨てよ、ふつうの平穏な情念や生活などもてるとおもうな、わたしを背負って家をすて、旅に出よ、金銭に躓いたら喪失の姿をした「女」にのり移って物語の詞をつくり、それに曲節をつけて歌い、日々の糧とせよ、というようなことを夢で囁かれたのだ。喪失の姿をした「女」ということのなかに、もしかすると自身の体験も含まれていたかもしれない。いずれにせよ中島みゆきの特徴が現代風の知的な女性のイメージを、大胆に自己破壊して、まったく情念だけで生きては、男にすがり、愛執しては心変りされて、見捨てられる女性のイメージへと落下し、その姿勢を唱うことを持続してきたことのなかに含まれてきたことは確かだ。そしてこの喪失の「女」のイメージは、したたかでしかも、初心がいつまでもなくならないままに、ながい歳月をかけて少しずつ円熟していった。その圧倒的な迫力は、わたしたちの贋の「知」や「理」を押し流し、圧し倒すほどの力量に達してしまった。それが一見古風な中島みゆきの世界に、わたしたちが魅せられてきた根拠だとおもう。

ところで、最近の中島みゆきには喪失した「女」のイメージのあいだから、情感がニュートラルになる瞬間があらわれるようになった。歌コトバのうえにも、曲譜や音声のうえにも、この微かな変貌はあらわれているような気がする。初々しい喪失の情感の屈折を歌いあげる声のあいだから、抑制を利かした内部の風景の荒廃を、ニュートラルに投げだす場面のイメージが、少しずつおおきくなってきている。

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初出メディア

マリ・クレール

マリ・クレール 1987年4月

中島みゆき全歌集 / 中島 みゆき
中島みゆき全歌集
  • 著者:中島 みゆき
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(243ページ)
  • ISBN:4022556196

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