書評

『兵士であること―動員と従軍の精神史』(朝日新聞社)

  • 2020/08/08
兵士であること―動員と従軍の精神史 / 鹿野 政直
兵士であること―動員と従軍の精神史
  • 著者:鹿野 政直
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(312ページ)
  • 発売日:2005-01-01
  • ISBN-10:4022598689
  • ISBN-13:978-4022598684
内容紹介:
近代日本は、国家としての体裁をととのえた19世紀末以降、戦争の長い中断期をもつことがなかった。日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、1937年の日中戦争の全面化、41年のアジア・太平洋戦争へ… もっと読む
近代日本は、国家としての体裁をととのえた19世紀末以降、戦争の長い中断期をもつことがなかった。日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、1937年の日中戦争の全面化、41年のアジア・太平洋戦争へと続く。動員された兵士は、自分の人生を中断されたという意味で被害者だった。が、武器をとる戦闘者であることにおいては、まぎれもなく加害者だった。兵士によって見きわめられた戦場とはどんなものであったか。

一兵卒の視点からとらえた戦争

戦争と平和を考える視点は様々にある。総合的に戦争を考察する戦争論、戦争がどのように遂行されたのかを考える戦争政策論、戦争の被害と悲惨な状況を見つめる反戦・非戦論、それぞれに立場を定めて考えられてきた。

これらに対して著者はさらに兵士の視点から探ることの必要性を強く主張する。突然に赤紙によって兵隊にとられ、戦場に送られ「人殺し」を行わざるを得なくなった存在。加害者であると同時に、被害者でもあった兵士の存在から戦争を考えるという視点である。

それは著者が兵隊に取られることを考える毎日のなかで、八月十五日を迎えたという自らの体験に基づくものでもあった。

戦場の記憶、戦争の実際、慰霊、兵営国家などの四つの問題がそこからは提起されるとして、赤紙で兵士に取られてから、戦場に送られてそこで起きたことどもや銃後でそれを支えるべく動員された女性たちの動きなどを探ってゆく。

「貴様らの代わりは、一銭五厘で来る」という、ある軍曹の言葉に示されるような、員(かず)としてしか扱われない消耗品としての兵士の思いを様々な形で考え、そうした兵士が戦後にはどうなったのかを含めて、兵士にとっての戦争と戦場の問題を探ってゆく。これは極めて重い問題である。

その兵士のあり方を、より具体的に歌人の宮柊二の歌を通じて考えることで、「一兵に徹することによって獲得されてきた精神の視界」を捉え、戦後に「初年兵哀歌」を描いた画家の浜田知明の絵を通じて考えることで、戦場において「当事者と観察者という二つの自己認識を用意した」兵士の戦後を明らかにする。その二つからは戦場における所謂「インテリ」の戦争を見つめる目と行為の意味が浮かびあがってくる。

続いて多くの兵士の思いを探る材料とされたのが、岩手県の和賀郡藤根村から送り出された兵士たちが戦地から高橋峯次郎に送った七千通にも及ぶ手紙である。農村を出て兵士となった人々の思いと苦悩、さらに兵士を送った銃後の風景が鮮やかに示される。

それほど大量の手紙が一個人に宛てられたのは、村の改革を志した高橋が『眞友』という雑誌を編集し、兵士たちを常に激励して心の支えとなり、他方で兵士の銃後の風景を綴るなどして、兵士に安心をあたえていたからであった。戦争の正義を信じる心がその活動の支えとなっていた。

そこから様々な兵士の望郷と奉公をめぐる思いが浮かびあがってくるなかで、軍人が戦争を実務的に処理するのに対し、兵士たちが「東洋の平和」を大義として掲げて、戦争の意義を心に刻みつけようとしていたという指摘は興味深い。

このほか戦場での医療の実態を探って、兵士の治療や軍陣医学のあり方を考察し、人体実験の思想がどう生まれてきたのかを明らかにする。また戦争は直接に戦場で戦った兵士だけのものではなかったことから、銃後で動員された人々の問題や、「戦争未亡人」の問題など、これまで見逃されてきた問題をすくいあげ、戦争とは何かを改めて問うている。

こうした兵士の存在から戦争を考察する本書が問いかけるものは、現代社会が抱えている問題と通じているように思う。員として消耗品のように扱われてリストラされた企業兵士やフリーターの問題などは逆のベクトルではあるが、通底するものがある。戦争が決して他人事ではなくなっている現実も忘れてはならない。
兵士であること―動員と従軍の精神史 / 鹿野 政直
兵士であること―動員と従軍の精神史
  • 著者:鹿野 政直
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(312ページ)
  • 発売日:2005-01-01
  • ISBN-10:4022598689
  • ISBN-13:978-4022598684
内容紹介:
近代日本は、国家としての体裁をととのえた19世紀末以降、戦争の長い中断期をもつことがなかった。日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、1937年の日中戦争の全面化、41年のアジア・太平洋戦争へ… もっと読む
近代日本は、国家としての体裁をととのえた19世紀末以降、戦争の長い中断期をもつことがなかった。日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、1937年の日中戦争の全面化、41年のアジア・太平洋戦争へと続く。動員された兵士は、自分の人生を中断されたという意味で被害者だった。が、武器をとる戦闘者であることにおいては、まぎれもなく加害者だった。兵士によって見きわめられた戦場とはどんなものであったか。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2005.02.13

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