後書き

『専門知を再考する』(名古屋大学出版会)

  • 2020/05/18
専門知を再考する / H・コリンズ,R・エヴァンズ
専門知を再考する
  • 著者:H・コリンズ,R・エヴァンズ
  • 翻訳:奥田 太郎,和田 慈,清水 右郷
  • 監修:奥田 太郎
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(220ページ)
  • 発売日:2020-04-27
  • ISBN-10:4815809860
  • ISBN-13:978-4815809867
内容紹介:
<専門家vs素人>を超えて――。専門知の多様なあり方を初めてトータルに位置づけ、科学技術社会に展望を拓く名著、待望の邦訳。
現下のウィルス禍では、さまざまな分野の専門家がまさしく命がけで奮闘している。科学技術を基盤とする今日の社会において、社会的に物事を決めようとするときには、専門家(expert)の意見を聞きその声を無視することがあってはならない。他方で、専門家を絶対視し、過剰に信じ込んでしまうことにも注意が必要だろう。専門知(expertise)はけっして、なんでも答えてくれるオールマイティな存在ではないのだから。

では、専門知とはいったいどのようなものなのだろうか。その多様なあり方を示すとともに、とくに「対話型専門知」の可能性に光をあて、専門知と社会との関係において何が大切なのかを見事に位置づけた科学論の名著、ハリー・コリンズ&ロバート・エヴァンズ『専門知を再考する(Rethinking Expertise)』の日本語版がこのたび出版された。以下では、本書の監訳者あとがきより一部抜粋して特別公開する。

専門家はどこまで信頼できるのか。科学論の「第三の波」を代表する記念碑的著作。

本書は、21世紀最初の10年間に出版された科学論に関する専門書の中でも、専門知研究の画期をなす代表的な1冊である。

本書は、英国ウェールズのカーディフ大学に所属する二人の研究者によって著された。その一人、ハリー・コリンズは、30年以上にわたって重力波物理学の社会学的研究に取り組み続ける「科学的知識の社会学」の泰斗であり、1974年のデビュー論文以降、様々な領域の著者たちとの共同研究を重ねながら、科学的知識の真相を求めて膨大な数の論文と著書を世に問い続けている研究者である。日本でも、科学技術論の事例紹介がなされたトレヴァー・ピンチとの共著、いわゆる「ゴーレムシリーズ」をはじめ3冊が邦訳されており(福岡伸一訳『七つの科学事件ファイル――科学論争の顛末』化学同人、1997年、村上陽一郎・平川秀幸訳『迷路のなかのテクノロジー』化学同人、2001年、鈴木俊洋訳『我々みんなが科学の専門家なのか?』法政大学出版局、2017年)、知る人ぞ知る社会学者である。もう一人の著者、ロバート・エヴァンズは、労働市場における社会的交換を論じた、1996年のデビュー論文以降、持続可能なエネルギーの都市への導入に際する地理情報システム利用の問題、遺伝医学の政治性、英国政府への経済予測の専門的アドバイスの問題、ヨーロッパ通貨の一元化をめぐる英国内での論争など、多岐にわたるトピックについて科学技術社会論の領域で研究を続けている人物である。

この二人の研究キャリアが交わるのは、2002年に発表した「科学論の第三の波」を標榜する最初の共著論文である。この論文を通じて「専門知と経験に関する研究(SEE)」という新たな研究プログラムを打ち出したことで、二人は斯界の論争に一石を投じ、その渦の中心となった。以降、幾つかの共著論文を経て、2007年ついに、この記念碑的な研究書『専門知を再考する』が刊行されたわけである。

本書のエッセンスを一言で述べるとすれば、専門知を可能な限り包括的な観点から分類し、分類されたうち一つの専門知の実在性を実証実験を通じて示した、堅実かつ野心的な研究書ということになろう。第二次世界大戦後、大きな成果と信頼を勝ち得た科学、それがなぜ成功したのかを跡づけようと試みた「科学論の第一の波」が1960年代に終わりを告げ、不確実で政治的な科学の実相を暴き立てる「科学論の第二の波」が押し寄せたことで、専門家フォビアと専門知インフレが蔓延してしまった。やや誇張して言えばそういった状況に対して、適切な手法によって専門知を研究することで、何がどこまでどのように信頼できるのかを経験的な根拠をもって示そうとしているのが、コリンズとエヴァンズによる「科学論の第三の波」という試みである。

なお、この試みの中で、興味深いスピンオフを遂げたのが「模倣ゲーム」という研究手法である。「模倣ゲーム」は、本書の中で「対話型専門知」の実在性を検証すべく導入された研究手法だが、社会集団間の様々な差異や変化を言語運用の観点から解明しうる広範な適用可能性を期待され、現在、この研究手法そのものの研究が独立して進められている。2011年から6年の間、200万ユーロを超える欧州研究会議上級助成金を得て、世界各国の大学との共同研究が実施されたようである。2017年には、コリンズとエヴァンズが名を連ねる関連共著論文が幾つも発表されており、今後も目が離せない。

もう一点、コリンズとエヴァンズの研究について述べるうえで必ず触れておかねばならないのが、知識・専門知・科学(KES)研究センターの存在である。KESは、コリンズが始めたカーディフ大学社会科学部の研究グループであり、専門知に関心のある様々な領域の研究者や大学院生が、論文草稿の検討、学会発表の予行演習、最近の研究動向についての議論などを日常的に行うざっくばらんな対話の場である。本書のような魅力的な研究成果をもたらす土壌として、こうした対話の場に日常的にアクセスできる研究環境があるということもまた、私たちが本書から学ぶべき重要事項であろう。

英国でコリンズとエヴァンズが本書を上梓したのは2007年だが、日本において本書が本当に切実に読まれるべきものとなったのは2011年3月11日以降であろう。日本の科学技術社会論はこの日を境に元気を失っているように私の目には映るのだが、その原因は、安心・安全論に終始して、本書の如き、両極に振り切れずに事柄の核心をつかもうと試みるような、本格的な科学論(あるいは、知のありようをめぐる議論)が公共の場であまり語られてこなかったことにあるのかもしれないとも思う。難局を前に何かと局所的最適化に走りがちな日本の知的風土に対して、本書が蟻の一穴とならんことを監訳者として切に願う。

[書き手]奥田太郎(1973年生まれ。南山大学社会倫理研究所所長/人文学部教授)
専門知を再考する / H・コリンズ,R・エヴァンズ
専門知を再考する
  • 著者:H・コリンズ,R・エヴァンズ
  • 翻訳:奥田 太郎,和田 慈,清水 右郷
  • 監修:奥田 太郎
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(220ページ)
  • 発売日:2020-04-27
  • ISBN-10:4815809860
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