書評
『完全復刻版 別世界・幽霊を呼ぶ少女』(小学館クリエイティブ)
哲学的深さも天才漫画家の出発点
いつ見ても少年のように若々しい楳図かずおだが、今年で70歳になった(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆年は2006年)。1995年に完結した20巻の大作『14歳』をもって「最後の作品」と本人が宣言しているので、新作はもう読めない。だが、21世紀に入ってレアな作品の復刻が相次いでいる。本書はとくに貴重な1冊だ。楳図がオリジナルストーリーに基づいて単独で描いた長編第1作『別世界』が収録されているからだ。このマンガを楳図は17歳のときに描きあげた。真の天才である。
舞台は原始時代。人間は様々な部族に分かれて争っている。その部族間闘争を生きぬいて人類の救済に向かうリバー少年の冒険物語だ。
主題の一つは人類の滅亡である。物語の初めでリバーは奇妙な岩に立って空を見上げている。彼は気づかないが、読者にはその岩がガイコツの形であることが見えている。つまり、映画『猿の惑星』のラストの自由の女神のように、この岩はすでに一度人類が滅びたことの痕跡なのだ。
『14歳』の結末近くでも、人間の滅亡後、ゴキブリがガイコツの上に立って、人間の再生を予言する。ガイコツ岩は楳図かずおのなかで40年間も持続した人類の滅亡と再生のシンボルなのである。
また、『別世界』で、生き延びた人類が火星人の子孫であると示唆される件も興味深い。火星人の目から見れば、地球こそ「別世界」なのだ。他者の存在につねに想像力を開き、別世界をけっして拒否しない寛大なまなざしこそ、楳図マンガの哲学的深さを保証するものである。
『別世界』の冒頭に夕やけが現れていることも感動的だ。楳図の最高傑作『わたしは真悟』も、最終作『14歳』も世界を覆う夕やけで始まるからだ。夕やけは世界を焼きつくす滅亡の光景であると同時に、浄化の炎による再生の可能性のイメージでもある。
本書に収録された『幽霊を呼ぶ少女』は四谷怪談をベースにした恐怖マンガだが、冒頭に見開きカラー2ページで描かれる夕やけの輝かしさはマンガ史に比類がない。この本をカラー復刻してくれた編集者に心から感謝したい。
朝日新聞 2006年10月22日
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