書評

『アロハで猟師、はじめました』(河出書房新社)

  • 2020/09/15
アロハで猟師、はじめました / 近藤康太郎
アロハで猟師、はじめました
  • 著者:近藤康太郎
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(240ページ)
  • 発売日:2020-05-23
  • ISBN-10:430902887X
  • ISBN-13:978-4309028873
内容紹介:
素人猟師が鴨を追いかけ、鹿を捌き、猪と格闘するなかで知った社会と自然のかたち。狩猟から人間の生き方を考える痛快ドキュメント。

いのちに襟を正す真剣な遊び

ある男が六年前、赴任先の長崎県諫早市の耕作放棄地で「朝だけ農夫」を始める。早朝の一時間だけ働き、自分が食べる一年分の米を作るのだ。それに成功した翌年は「完全人力田植え」に切り替えた。一切の農具を使わず田起こし、代かき、田植え、稲刈り、脱穀まで人力でこなす。弥生時代でも初期にしかなかろう「独り稲作」である。耕運機なら二時間で終わる「田起こし」だけで四十日を要した。それも無事やり遂げると、さらに翌年は狩猟免許を取り、真鴨とカルガモを猟銃で撃つ猟師になった。

著者は近藤康太郎、某大新聞社の大分県日田支局長にして編集委員である。「ロック評論家」としても知られる。

本書は支局に出社する前の時間を利用して早朝農夫となった体験を綴る「アロハで田植えしてみました」の続編。前作では耕作放棄地で酔狂な田植えをするアロハ男と彼を見守る集落の人々が、生き生きした方言と絶妙な距離感で描かれ、とりわけ「田の師匠」の毒舌ながら詩心ある教えは「田んぼの詩人」として一躍人気を集めた。

だが他人からすれば個人の趣味。さらに近藤の肩書に違和感を持つ向きは少なくない。初年度の田植えに対しては「新聞記者だから成り立つ企画」と腐された。この批判を「新聞連載だから師匠が協力し機械も借りられた」と解釈し、意地で挑んだのが「完全人力田植え」だった。

猟に対しても「肉はスーパーマーケットで買えばよい」との批判がある。こちらに対しては、屠(ほふ)った家畜を他人に解体・精肉してもらい、いのちの処理過程に思いを馳せない批判者には「否定はしないが軽蔑する」とムキになる。近藤は猟で得た鴨肉は綺麗に精肉し、知り合いに贈るという。

ここから生まれるのが哲学的な考察だ。他の生き物のいのちは、食べる我々の生の一部である。いのちの処理を見えなくした家畜肉をカネで買う資本主義に倫理はあるのか。合間に挟まれた大岡昇平の『俘虜記』やボードレールの詩、柄谷行人の「交換様式」図式等が口直しである。

近藤にとっての猟は、いわば「真剣な遊び」なのだろう。「真剣な仕事」はプロの猟師がけものの命に敬意を払いつつ、生活の糧を得る。副業で行う猟では、有害動物の駆除に懸けられた自治体の報奨金を目当てにけものを罠にかけ、耳のみ切り取り絶命させたまま放置したりする。こちらは「不真面目な仕事」だ。撃ち殺すだけだと「不真面目な遊び」である。

著者の猟はいずれでもない。撃ち落とした鴨ははいつくばってでも探し出し、きれいに捌(さば)き骨の髄まで残らずいただく。猪や鹿は著者を慕い押しかけてきた若者たちと汗まみれで解体し、知り合いに贈る。いのちは襟を正していただき、贈与する相手とは信頼関係を育む。カネを介さないから遊びだが、真剣である。

アロハにサングラスの著者近影を掲載する所属新聞社も、近藤に押し切られた観はある。好き勝手に筋を通し、会社内でハミ出ながらも勤め上げる秘訣を知りたい人、資本主義から「ばっくれ」たい向きにオススメする。大メシぐらいの「ギャル原」ら、若者たちの描写も秀逸だ。鴨猟事始めマニュアルも公開している。
アロハで猟師、はじめました / 近藤康太郎
アロハで猟師、はじめました
  • 著者:近藤康太郎
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(240ページ)
  • 発売日:2020-05-23
  • ISBN-10:430902887X
  • ISBN-13:978-4309028873
内容紹介:
素人猟師が鴨を追いかけ、鹿を捌き、猪と格闘するなかで知った社会と自然のかたち。狩猟から人間の生き方を考える痛快ドキュメント。

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毎日新聞 2020年7月11日

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