書評

『日本憲政史』(東京大学出版会)

  • 2023/03/10
日本憲政史 / 坂野 潤治
日本憲政史
  • 著者:坂野 潤治
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(225ページ)
  • 発売日:2008-06-01
  • ISBN-10:4130301470
  • ISBN-13:978-4130301473
内容紹介:
幕末,明治,大正,戦前昭和の70余年間の日本近代史を,憲政史の視点から通観する.尾佐竹猛の日本憲政史の業績をふまえ,幕末議会論から日中戦争の開戦まで,立憲思想発達史・憲法制定史の分析を行い,明治憲法運用の過程を捉え直す.坂野近代史の集大成.書下ろし.

犬養内閣は「親ファッショ的」だった

戦前の政党史や議会史の研究や叙述は、めまぐるしい政党の動きや変遷、また政治過程の分析・叙述で費やされてしまい、私には全体の動きがさっぱりわからないものに映る。

そうしたなかで登場した本書によって、近代史の流れが実にすっきりと見えてきた。著者は、近代の憲政の歴史を三つの段階で考える。

一つは幕末議会論から一八八九年(明治二十二)の大日本帝国憲法制定まで、次は政党内閣体制が実現し、その限界が露呈した一九三〇年(昭和五)まで、そしてその二年後に起きた五・一五事件以後の憲政の危機の時期である。それぞれにおいて著者は通説を批判し、新たな切り口によって鮮やかに分析してみせる。

たとえば幕末議会論を提唱した坂本竜馬らの土佐藩の動向を重視する説に対して、西郷隆盛を中心とする薩摩藩の動向をも加味し、これらが明治憲法体制に連続してゆくと指摘する。

ついで一八七五年(明治八)の大阪会議から天皇の詔勅までの動きを、立憲制に向けての第二ステージとみる。旧土佐藩の板垣退助と旧長州藩の木戸孝允や井上馨らが大阪で会議をもって、国会開設への流れをつくったのが大阪会議であるが、そこでは西郷隆盛も議会開設論を支持していたことを明らかにし、連続性を指摘するのである。

第三のステージは、一八八〇年の第一回国会期成同盟の大会と、それに続く翌年の明治十四年の政変であるとする。板垣らは自由党を結党したが、憲法草案起草に消極的で、大会でも起草論は時期尚早と見送られた。ところが福沢諭吉らが議院内閣制に基づく憲法をつくる運動をおこし、交詢(こうじゅん)社私擬憲法案をつくり、これが大きな影響をあたえた。

著者は、この憲法案が大日本帝国憲法と構成がほとんど同じであることを指摘して、その意義を高く評価するとともに、このイギリス流の考えに対して、板垣のフランス流の社会契約論の考えや藩閥政府のドイツ流の考えなどを比較しつつ、明治十四年十月の詔勅によりドイツ流の考えが勝利したという。

このように憲政を目指す運動をダイナミックに描いており、まさにドラマを見ているような感さえ抱かされる。帝国憲法の制定以後のあり方についても分析は明晰で、美濃部達吉の憲法論と吉野作造の憲政論を対置させることによって、政党内閣体制がどのように展開したかを探るとともに、その限界を統帥権や編成権の捉(とら)え方から探ってゆく。

そして最も興味深かったのが、五・一五事件についての見解である。軍人のテロによって犬養内閣が倒されて政党政治は倒壊したとして、これまではこの内閣が反軍的、自由主義的と多くの人は思いこんできたが、著者は、それは誤りであって、この政友会内閣はむしろ軍と親密な関係にあり「親ファッショ的」ですらあったと指摘する。

政党内閣制度が危機に向かったのは、この少し前に起きた統帥権干犯問題において、ファッショ勢力の台頭を許してしまったところにあるという。たとえば政友会の鳩山一郎は、ロンドン軍縮条約の批准をとりあげて、民政党の浜口内閣が統帥権を干犯したと議会で攻撃したが、これにより軍部を議会がコントロールすることができなくなり、政党政治の衰退に向かわせたという。

こう見てゆくと、近代の憲政運動は常に外部の敵に阻まれながらも展開してきており、その財産により今日の憲政が成り立っていることが読み取れる。その目から見て、現代の憲政はどういう状況にあるのか、と現今の政局を思ったのである。
日本憲政史 / 坂野 潤治
日本憲政史
  • 著者:坂野 潤治
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(225ページ)
  • 発売日:2008-06-01
  • ISBN-10:4130301470
  • ISBN-13:978-4130301473
内容紹介:
幕末,明治,大正,戦前昭和の70余年間の日本近代史を,憲政史の視点から通観する.尾佐竹猛の日本憲政史の業績をふまえ,幕末議会論から日中戦争の開戦まで,立憲思想発達史・憲法制定史の分析を行い,明治憲法運用の過程を捉え直す.坂野近代史の集大成.書下ろし.

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2008年6月22日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
五味 文彦の書評/解説/選評
ページトップへ