書評
『わが名はヴィドック―犯罪者、警察密偵にして世界初の私立探偵の生涯とフランス革命時代』(東洋書林)
神話的人物の波瀾万丈の記
ヴィドック、世界初の探偵事務所を開いた男である。一八二八年に出した『回想録』が大評判を呼ぶが、これは探偵になる直前までの自伝であり、代作者がいて虚実とりまぜ誇張が多い。本書は、この神話的な人物の生涯を、各種の資料に基づき、客観的に再現した波瀾万丈の伝記である。本人は犯罪に一度手を貸しただけだと主張するが、二十代のヴィドックの生活は、投獄と逃亡と再投獄の繰り返し。その間の犯罪者との交流を宝に、警察にリクルートされて、監獄でのスパイから警視庁特捜班の創立者へと出世する。
修道女に化けて脱獄したという得意技を活(い)かし、変装して暗黒街に潜入し、多くの犯罪者を逮捕した。
街娼(がいしょう)から公妃まで女性関係が派手で、敵も多く、警視庁を辞職した後は、犯罪の知識と経験を基に探偵として活躍したが、主な業務は借金の取り立てだった。
ヴィドックの名声は文学者によるところが大きい。バルザックの描く悪魔的な英雄ヴォートランはヴィドックがモデルだし、知人のユゴーは彼の経験談から、脱獄囚ジャン・ヴァルジャンと鬼刑事ジャヴェールのイメージをともに作りあげた。そのヴィドックの実像を知るのに格好の書物だ。
朝日新聞 2006年6月11日
朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。
ALL REVIEWSをフォローする





































