とっても大きな雲がふたつ、ぶつかりあい、粉々になった。その断片がぼくの家の上に落ち、地面に押し倒した。雲の断片がそんなに重くて大きいものだなんて思ってもみなかった。まるで刃があるみたいによく切れ、そのひとつがぼくのじいちゃんの頭を見事にちょんぎった。
食べるにも困るほど貧乏で、斧を振り回すおっかない「じいちゃん」が暴君のように一家に君臨していて、「ばあちゃん」は意地悪で、「かあちゃん」も怒ってばかり。「ぼく」を取り巻く世界はとてつもなく悲惨なんだけど、少年の奔放な想像力は現実にくじけない。
憎きじいちゃんには何通りもの奇抜なやり方で正義の鉄槌が下され、生活やつれした怒りんぼうのかあちゃんは偽物で、本物のきれいなかあちゃんは「ぼく」を膝に乗せてお話をしてくれる。そして「ぼく」のそばには、葉っぱや木の幹に詩を書き連ねる従兄のセレスティーノがいてくれて、二人は赤土で作った大きな城でパーティをしたり、夜中に家をこっそり抜け出して小さな冒険に繰り出したりもする。じいちゃんやばあちゃんの攻撃から、互いをかばいあう。
妖精や魔女とだって話ができる少年の意識は“夜明け前”の状態だから、祖父母も母親もひとつの像を持たない。その時々の気分によって様々に姿を変える。セレスティーノだって、実は未分化な少年の自我が生み出した分身なのかもしれない。すべての登場人物は少年の想像力の中で、いつしか誰が誰との区別を失い、厳しく窮屈な現実は愉快で伸び伸びしたファンタジーと溶け合ってしまう。これは、物語の宝庫としての幼年期をリズム豊かな文体でイメージ鮮やかに描き出した、神話クラスの広がりと深みを持つ小説なのだ。
映画『夜になるまえに』を観て、穴の中に取り残された幼児が土を食べるシーンに「うっそ!」と思った方、ぜひご一読を。土喰らう現実が生み出す、想像力の強靱さとしなやかさに驚嘆すること請け合いだから。
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