書評

『夜明け前のセレスティーノ』(国書刊行会)

  • 2023/02/25
夜明け前のセレスティーノ / レイナルド・アレナス
夜明け前のセレスティーノ
  • 著者:レイナルド・アレナス
  • 翻訳:安藤 哲行
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(328ページ)
  • 発売日:2023-02-25
  • ISBN-10:4336074682
  • ISBN-13:978-4336074683
内容紹介:
【国書刊行会 創業50周年記念復刊】〈真の創造の奇跡〉を、ここにふたたび。〈この家はいつも地獄だった。みんな死んでもないのに、もうここでは死んだ人たちの話ばっかり。……でも暮らしが… もっと読む
【国書刊行会 創業50周年記念復刊】
〈真の創造の奇跡〉を、ここにふたたび。

〈この家はいつも地獄だった。みんな死んでもないのに、もうここでは死んだ人たちの話ばっかり。……でも暮らしがほんとに悪くなったときだった。セレスティーノが詩を書こうと思いついたのは。かわいそうなセレスティーノ! いまぼくには彼が見える。居間のドアの陰に坐って両腕を引き抜いている……〉
母親は井戸に飛びこみ、祖父は自分を殺そうとする。
寒村に生きる少年の目に鮮やかに映しだされる、現実と未分化なもう一つの世界。
ラテンアメリカの魔術的空間に、少年期の幻想と悲痛な叫びが炸裂する!
『めくるめく世界』『夜になるまえに』のアレナスが、さまざまな手法を駆使して作り出した奇跡の傑作。

『夜明け前のセレスティーノ』はリズムである。
ちょうどその著者がリズムであったように――ファン・アブレウ

***

〈アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス……
斧(アチャス)の音がしないとぼくは眠れない。止まるな!
止まるな!
止まるな!〉

〈「斧(アチャス)はどんな音たてる?」
「パスッって音、まるで空中で鳴きつづけてる霊みたいに」

「斧(アチャス)はどんな音たてる?」
「パスって音……。パスッ……」〉

***

少年期を、そしてキューバの生活を描いた最も美しい小説の一つ。
カルロス・フエンテス(作家)

この並外れた小説を読むことは創造の真の奇跡と接触することだった。新鮮な爽やかさへ、旧態を打破するような恐れを知らない屈託のなさへと通じる空間にわたしを近づけてくれたのだ。危険にみちた領域に。
……いま日本の読者の手に届くこの本は、思春期の輝かしい時代に、このうえない教訓をわたしに与えてくれた。つまり、「本当の文学とはわたしたちを変わり者にする文学、わたしたちを危険にさらす文学である。書くことはひとつの仕事ではなく、呪わしい儀式なのだ」という。
フアン・アブレウ(作家/画家)
—―本書日本語版のための特別エッセイ「ハバナの奇跡」より

『夜明け前のセレスティーノ』をどう語ったらいいか。濃緑の草がしゃべり出したような本だ。木の幹に詩を書くセレスティーノと、彼のいとこ「ぼく」。むきだしの生と死、暴力と抑圧。自由と抵抗の根っこには「詩」がある。叩きつけるリズムが日本語に乗り移った。
小池昌代(詩人/作家)
――『私が選ぶ国書刊行会の3冊 国書刊行会創業50周年記念小冊子』より
レイナルド・アレナスといえば、本好きには八十九年に訳された傑作『めくるめく世界』(国書刊行会)によって、映画ファンには昨年公開された『夜になるまえに』(前同)の原作者として名が知られているキューバ出身の亡命作家(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2002年)。『夜明け前のセレスティーノ』は、そのアレナスのデビュー作だ。寒村の農家に暮らす少年の目にうつった世界を、ガルシア=マルケス『百年の孤独』を彷彿させるような詩的リアリズムにのっとった語りで再構成。豊穣なイメージの断片の連なりで成っていて、説明できる筋なんてない。たとえば、こんな具合。

とっても大きな雲がふたつ、ぶつかりあい、粉々になった。その断片がぼくの家の上に落ち、地面に押し倒した。雲の断片がそんなに重くて大きいものだなんて思ってもみなかった。まるで刃があるみたいによく切れ、そのひとつがぼくのじいちゃんの頭を見事にちょんぎった。

食べるにも困るほど貧乏で、斧を振り回すおっかない「じいちゃん」が暴君のように一家に君臨していて、「ばあちゃん」は意地悪で、「かあちゃん」も怒ってばかり。「ぼく」を取り巻く世界はとてつもなく悲惨なんだけど、少年の奔放な想像力は現実にくじけない。

憎きじいちゃんには何通りもの奇抜なやり方で正義の鉄槌が下され、生活やつれした怒りんぼうのかあちゃんは偽物で、本物のきれいなかあちゃんは「ぼく」を膝に乗せてお話をしてくれる。そして「ぼく」のそばには、葉っぱや木の幹に詩を書き連ねる従兄のセレスティーノがいてくれて、二人は赤土で作った大きな城でパーティをしたり、夜中に家をこっそり抜け出して小さな冒険に繰り出したりもする。じいちゃんやばあちゃんの攻撃から、互いをかばいあう。

妖精や魔女とだって話ができる少年の意識は“夜明け前”の状態だから、祖父母も母親もひとつの像を持たない。その時々の気分によって様々に姿を変える。セレスティーノだって、実は未分化な少年の自我が生み出した分身なのかもしれない。すべての登場人物は少年の想像力の中で、いつしか誰が誰との区別を失い、厳しく窮屈な現実は愉快で伸び伸びしたファンタジーと溶け合ってしまう。これは、物語の宝庫としての幼年期をリズム豊かな文体でイメージ鮮やかに描き出した、神話クラスの広がりと深みを持つ小説なのだ。

映画『夜になるまえに』を観て、穴の中に取り残された幼児が土を食べるシーンに「うっそ!」と思った方、ぜひご一読を。土喰らう現実が生み出す、想像力の強靱さとしなやかさに驚嘆すること請け合いだから。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

夜明け前のセレスティーノ / レイナルド・アレナス
夜明け前のセレスティーノ
  • 著者:レイナルド・アレナス
  • 翻訳:安藤 哲行
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(328ページ)
  • 発売日:2023-02-25
  • ISBN-10:4336074682
  • ISBN-13:978-4336074683
内容紹介:
【国書刊行会 創業50周年記念復刊】〈真の創造の奇跡〉を、ここにふたたび。〈この家はいつも地獄だった。みんな死んでもないのに、もうここでは死んだ人たちの話ばっかり。……でも暮らしが… もっと読む
【国書刊行会 創業50周年記念復刊】
〈真の創造の奇跡〉を、ここにふたたび。

〈この家はいつも地獄だった。みんな死んでもないのに、もうここでは死んだ人たちの話ばっかり。……でも暮らしがほんとに悪くなったときだった。セレスティーノが詩を書こうと思いついたのは。かわいそうなセレスティーノ! いまぼくには彼が見える。居間のドアの陰に坐って両腕を引き抜いている……〉
母親は井戸に飛びこみ、祖父は自分を殺そうとする。
寒村に生きる少年の目に鮮やかに映しだされる、現実と未分化なもう一つの世界。
ラテンアメリカの魔術的空間に、少年期の幻想と悲痛な叫びが炸裂する!
『めくるめく世界』『夜になるまえに』のアレナスが、さまざまな手法を駆使して作り出した奇跡の傑作。

『夜明け前のセレスティーノ』はリズムである。
ちょうどその著者がリズムであったように――ファン・アブレウ

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〈アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス アチャス……
斧(アチャス)の音がしないとぼくは眠れない。止まるな!
止まるな!
止まるな!〉

〈「斧(アチャス)はどんな音たてる?」
「パスッって音、まるで空中で鳴きつづけてる霊みたいに」

「斧(アチャス)はどんな音たてる?」
「パスって音……。パスッ……」〉

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少年期を、そしてキューバの生活を描いた最も美しい小説の一つ。
カルロス・フエンテス(作家)

この並外れた小説を読むことは創造の真の奇跡と接触することだった。新鮮な爽やかさへ、旧態を打破するような恐れを知らない屈託のなさへと通じる空間にわたしを近づけてくれたのだ。危険にみちた領域に。
……いま日本の読者の手に届くこの本は、思春期の輝かしい時代に、このうえない教訓をわたしに与えてくれた。つまり、「本当の文学とはわたしたちを変わり者にする文学、わたしたちを危険にさらす文学である。書くことはひとつの仕事ではなく、呪わしい儀式なのだ」という。
フアン・アブレウ(作家/画家)
—―本書日本語版のための特別エッセイ「ハバナの奇跡」より

『夜明け前のセレスティーノ』をどう語ったらいいか。濃緑の草がしゃべり出したような本だ。木の幹に詩を書くセレスティーノと、彼のいとこ「ぼく」。むきだしの生と死、暴力と抑圧。自由と抵抗の根っこには「詩」がある。叩きつけるリズムが日本語に乗り移った。
小池昌代(詩人/作家)
――『私が選ぶ国書刊行会の3冊 国書刊行会創業50周年記念小冊子』より

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

GINZA

GINZA 2002年7月号

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