書評

『ゼンデギ』(早川書房)

  • 2017/07/24
ゼンデギ / グレッグ・イーガン
ゼンデギ
  • 著者:グレッグ・イーガン
  • 翻訳:山岸 真
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(560ページ)
  • 発売日:2015-06-24
  • ISBN-10:4150120145
  • ISBN-13:978-4150120146
内容紹介:
記者のマーティンは、イランで歴史的な政権交代の場に居合わせ、技術が人々を解放する力を実感する。15年後、余命を宣告された彼は、残される幼い息子を案じ、ヴァーチャルリアリティ・システ… もっと読む
記者のマーティンは、イランで歴史的な政権交代の場に居合わせ、技術が人々を解放する力を実感する。15年後、余命を宣告された彼は、残される幼い息子を案じ、ヴァーチャルリアリティ・システム“ゼンデギ”の開発者ナシムに接触する。彼女の開発した脳スキャン応用技術を用いて、“ゼンデギ”内部に“ヴァーチャル・マーティン”を作り、死後も息子を導いていきたいと考えたのだが…。現代SF界を代表する作家の意欲作。

仮想人格の可能性

先週、“死”と向き合う現代SFの名作として、長谷敏司『あなたのための物語』ウィリス『航路』の2冊を紹介したが、このテーマだと、先月末に邦訳が出たグレッグ・イーガン『ゼンデギ』(山岸真訳、ハヤカワ文庫SF)も見逃せない。死を覚悟した父親が、まだ幼い息子のため、人生の導き手となるような仮想人格(自分の人格の一部を模倣するAI)を残せないかと考える――というのがこの長編の核心部分。

SFの世界では、人格をコンピュータにアップロード(転写)することで永遠に近い寿命を獲得するパターンがよくあって、同じイーガンの『順列都市』『ディアスポラ』では、数十億年の時間が平気で流れるんですが、人格をまるごと電子的にコピーする技術は、もし実現するとしても、遠い未来の話。今の段階では、人間の受け答えをそこそこうまく真似(まね)られるプログラムが実現している程度なので、そのもう一歩先を描くのが本書ということになる。

主役の片方は、オーストラリアからテヘランにやってきた元新聞記者のマーティン。イラン人女性と結婚して家庭を持ち、夫婦で小さな書店を経営しながら、一人息子のジャヴィード(5歳)を育てている。

もう片方は、幼少時に母親とともにアメリカに亡命したイラン人女性ナシム。かつては脳の神経回路地図作成を目標とするMITの研究チームの一員だったが、2027年現在、テヘランのゲーム会社〈ゼンデギ〉でコンピュータ部門の現場を指揮する立場にある。

ともにテヘランに住む2人は、ある出来事をきっかけに出会い、やがて共通の目的のために働くことになる。鍵を握るのは、脳に刺激を与えて反応データを集め、その脳の働きをコンピュータに真似させる“サイドローディング”と呼ばれる技術。たとえば、人気スポーツ選手の運動能力をとりだしてゲームのキャラに利用したり。イーガンは、そういういかにもありそうな技術を父子のドラマと重ねて、胸に迫る物語を紡ぐ。たいへん読みやすい長編なので、イーガン未体験の人もぜひ。
ゼンデギ / グレッグ・イーガン
ゼンデギ
  • 著者:グレッグ・イーガン
  • 翻訳:山岸 真
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(560ページ)
  • 発売日:2015-06-24
  • ISBN-10:4150120145
  • ISBN-13:978-4150120146
内容紹介:
記者のマーティンは、イランで歴史的な政権交代の場に居合わせ、技術が人々を解放する力を実感する。15年後、余命を宣告された彼は、残される幼い息子を案じ、ヴァーチャルリアリティ・システ… もっと読む
記者のマーティンは、イランで歴史的な政権交代の場に居合わせ、技術が人々を解放する力を実感する。15年後、余命を宣告された彼は、残される幼い息子を案じ、ヴァーチャルリアリティ・システム“ゼンデギ”の開発者ナシムに接触する。彼女の開発した脳スキャン応用技術を用いて、“ゼンデギ”内部に“ヴァーチャル・マーティン”を作り、死後も息子を導いていきたいと考えたのだが…。現代SF界を代表する作家の意欲作。

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初出メディア

西日本新聞

西日本新聞 2015年7月14日

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