『自然を生きる技術―暮らしの民俗自然誌』(吉川弘文館)

変わりゆく地域を足で観察する

民俗学の調査対象を日本列島の諸地域に探すのがしだいに難しくなってきたという状況のなか、国際的研究の広がりもあって、民俗学者はしだいに調査の対象を海外に広げていった。著者はまさにその代表的な民俗学者の一人である。

約三十年前、著者は「人と自然との関係」をテーマに抱き中国地方の山村調査に入ったのだが、このころ、すでに高度成長によって各地の村が大きく変貌をとげ始めていたのであった。

それでもこの谷間の集落は、まわりに水田を開いて水田耕作を行うとともに、周囲の「ジゲヤマ」という二次林を利用しての畑作と和牛飼育とを行い、さらに奥の「ミヤマ」というブナ林で林業を行うという、典型的な山間の村であった。

そこでの野生植物の多彩で多様な利用法から、「自然利用のジェネラリスト」の側面を著者は観察したのであったが、しかし農業の機械化や専門化とともに「自然利用のスペシャリスト」へと転換してゆく方向へと進んでおり、以後、山村は農業政策に翻弄されたこともあって、衰退を余儀なくされていった。

こうした大きな転換を見るなかで、著者は自然に関わる人々の技術に目を向けてゆくようになり、山陰海岸の海に生きる人々の技術を探った。一本釣りの漁場をどこに探し出すのかという知識とその伝承の有り様を探ったのである。先端的な技術もかなわない、自然に関わる技術の意味をそこで問い直したのであった。

それ以後、著者は目を海外に向けるようになり、エチオピアのコンソの村に入って住み着き、技術が身体知として習得されていった事情を探った。

この地は一見すると、全くの不毛の地としか見えないのだが、三十二種類もの栽培植物が畑に混植されていて、雨の少ないなかで水をいかに利用すべきかが巧みに考えられた棚田が石垣で築かれているなどの土地利用に驚嘆している。その智恵はまさに「自然利用のジェネラリスト」にほかならないものであったという。

ついで著者は共同調査によって中国の海南島に入って、焼畑農耕を営んできたリー族の生活と生業を調査し、人間と環境との関わりを探ることになる。

周囲の環境の中で焼畑を循環して行う定着型の焼畑が行われているが、それがいかに循環していたのか、村の土地利用がいかになされていたのかを知るためであった。

そして最近になって入ったのが中国の雲南であって、その少数民族を調査したところ、六つの少数民族が一つの村に対立でなく棲み分けして共存している不思議を思いつつ、棚田の利用や可食雑草の利用法を探っている。

グローバル化と政策によって急速な変化にさらされてゆく地域を、「歩く」ことと「観察」することを通じて、冷静な目から生活者の自然に対する態度を特に技術の視点で探っているのが本書の大きな特徴である。今後、人々が自然とどう関わってゆくべきかを考える豊富な材料を提供している。

そのために自然諷詠や抒情を排して叙述したと著者は語っているが、それだけにそれぞれの地域が当面している危機的な状況が浮かび上がってきて、大きな成果があがっている。

ただ本書が雲南の調査から遡る形で叙述をしていることなどもあって、著者自身の姿がやや見えてこないのが残念な点である。