後書き
『ヴェルサイユの宮廷生活: マリー・アントワネットも困惑した159の儀礼と作法』(原書房)
宮廷にお目見えする貴婦人は何度お辞儀をする? 親王が公爵と一緒に手を洗わない理由は?
絶対王政の基礎を確立したフランソワ1世の時代からフランス革命まで、ヴェルサイユ宮殿で生活する王族から家臣、召使までが頭を悩ませた、序列と権威を示す仔細で奇怪なしきたりの数々。読めば宮廷で生活できるようになるかもしれない書籍『ヴェルサイユの宮廷生活 マリー・アントワネットも困惑した159の儀礼と作法』より、訳者あとがきを紹介します。
本書(原題:L’etichetta alla corte di Versailles)では主に17世紀、ルイ14世時代の様々な宮廷作法を紹介するが、読み進めていくうちに、件のマリー・アントワネットとデュ・バリー夫人のルールはそのほんの一部に過ぎないことがわかってくる。
たとえば、どちらが先に扉を通るか、どの貴婦人のトレーンが最長であるべきか、肘掛け椅子、背もたれのついた椅子、長椅子のどれに座るかあるいは座ってはならないか、帽子を誰の前で脱ぐべきか否か。宮廷作法は身分や官職と複雑に絡み合って、国王も含む宮廷人たちをがんじがらめにしていく。
と同時にルールの例にもれず、宮廷作法も宮廷という迷宮に一種の秩序を持たせる柱でもあった。そう考えると、これらのルールが現代の私たちの目にいかに理不尽で無意味に映ろうとも、その意義は決して些細なものではないのである。
本書ではこのテーマを、サン=シモン公爵とダンジョー侯爵をはじめとする当時の回想録者たちの目を通して観察する。特にサン=シモンの『回想録』の引用が多くを占めているが、ここで留意すべきは、本書で焦点となっているのは宮廷作法だけでなく、これを考察する回想録者たちの視線でもある。サン=シモンが残したのは単なる当時の備忘録ではなく、彼自身の宮廷哲学――彼の宮廷作法への執着と、これを軽んじる者や風潮への敵意――であり、本書はサン=シモンをはじめとする当事者の目から見た宮廷作法という二重構造になっている。
その前提として、本書冒頭でも触れられているように、いくつかのポイントを把握しておく必要がある。ルイ14世は絶対王政を確立した君主として記憶されているが、「名門貴族」出身ではない者たちをも重用し、彼らの身分の裏付けとして貴賤結婚を促した。また一部の非嫡出子を格上げし、親王、公爵、同輩衆の地位と序列の見直しを図った。サン=シモンはこれに猛烈に反発した一人だが、彼自身ももとはといえば父の代で公爵に叙された「新参者」だった。「新参者」であるからこそ、その特権に固執したともいえる。
[書き手]ダコスタ吉村花子(翻訳家)
絶対王政の基礎を確立したフランソワ1世の時代からフランス革命まで、ヴェルサイユ宮殿で生活する王族から家臣、召使までが頭を悩ませた、序列と権威を示す仔細で奇怪なしきたりの数々。読めば宮廷で生活できるようになるかもしれない書籍『ヴェルサイユの宮廷生活 マリー・アントワネットも困惑した159の儀礼と作法』より、訳者あとがきを紹介します。
国王をも縛る宮廷作法
オーストリアからフランスに輿入れしたマリー・アントワネットが、「この宮廷では身分の低い者が目上の者に話しかけてはならないのです」と言われ、ルイ15世の寵姫デュ・バリー夫人と仏墺同盟をも巻き込みかねないいさかいに発展した話は有名だ。国王ルイ15世でさえこのルールを覆すことはできず、当時宮廷の最高位の女性である義孫娘が何とか自分の愛人に話しかけるよう手を回さざるを得なかった。それほどルールは強力だったのである。このルールを宮廷作法という。本書(原題:L’etichetta alla corte di Versailles)では主に17世紀、ルイ14世時代の様々な宮廷作法を紹介するが、読み進めていくうちに、件のマリー・アントワネットとデュ・バリー夫人のルールはそのほんの一部に過ぎないことがわかってくる。
たとえば、どちらが先に扉を通るか、どの貴婦人のトレーンが最長であるべきか、肘掛け椅子、背もたれのついた椅子、長椅子のどれに座るかあるいは座ってはならないか、帽子を誰の前で脱ぐべきか否か。宮廷作法は身分や官職と複雑に絡み合って、国王も含む宮廷人たちをがんじがらめにしていく。
と同時にルールの例にもれず、宮廷作法も宮廷という迷宮に一種の秩序を持たせる柱でもあった。そう考えると、これらのルールが現代の私たちの目にいかに理不尽で無意味に映ろうとも、その意義は決して些細なものではないのである。
本書ではこのテーマを、サン=シモン公爵とダンジョー侯爵をはじめとする当時の回想録者たちの目を通して観察する。特にサン=シモンの『回想録』の引用が多くを占めているが、ここで留意すべきは、本書で焦点となっているのは宮廷作法だけでなく、これを考察する回想録者たちの視線でもある。サン=シモンが残したのは単なる当時の備忘録ではなく、彼自身の宮廷哲学――彼の宮廷作法への執着と、これを軽んじる者や風潮への敵意――であり、本書はサン=シモンをはじめとする当事者の目から見た宮廷作法という二重構造になっている。
その前提として、本書冒頭でも触れられているように、いくつかのポイントを把握しておく必要がある。ルイ14世は絶対王政を確立した君主として記憶されているが、「名門貴族」出身ではない者たちをも重用し、彼らの身分の裏付けとして貴賤結婚を促した。また一部の非嫡出子を格上げし、親王、公爵、同輩衆の地位と序列の見直しを図った。サン=シモンはこれに猛烈に反発した一人だが、彼自身ももとはといえば父の代で公爵に叙された「新参者」だった。「新参者」であるからこそ、その特権に固執したともいえる。
[書き手]ダコスタ吉村花子(翻訳家)
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