新たな旅への誘い
日々書斎で文献と向き合ってばかりいると、無性に旅に出たくなる。日常をうんと離れて、できたら独りの旅を。いや、旅というよりは、じっと長い休日を過してみたい。そういう日常のなかで、このほど、うんと「目の毒・気の毒」というような素敵な本が出た。
大澤麻衣さんという、イギリス在住の年若いアーティストが、自分の足でイギリスの田園を逍遥して、各地に残る小さな教会を取材し紹介するという本である。
実際、イギリスの田園を旅すると、到るところに古くて小さくて歴史的な魅力をたっぷりと湛えた教会がある。そういう教会に入ってみると、暗くてひんやりして、独特の凝(こご)ったような空気を感じる。
筆者もおそらくこういう歴史が凝縮しているような空気感に惹かれた一人なのであろう。筆者の足跡はイギリス全土に及び、北端はスコットランドのオークニー諸島にある「イタリアン・チャペル」という異国情緒横溢する教会、西南端はコーンウォール半島の突端近くガンウォローという村にある「聖ウィンウォロー」という教会である。
本書の記述態度は観光ガイドのそれとは明らかに違っていて、いわば歴史家の目と筆に他ならぬ。
しかし、筆者の本業は画家でありデザイナーである。そこで本書に収められた美しい写真も色彩豊かな装画も、みな筆者自身の手になる。そういう意味でもユニークで、ほんとうに手間ひまのかかった、良心的な好著であり、これを読んだら、なんとしても、ぜひこういう田舎巡り教会行脚の旅に出たくなること請け合いである。かくいう私も、ああ、そんな旅に出たくなった。