書評

『論争 関ヶ原合戦』(新潮社)

  • 2024/05/28
論争 関ヶ原合戦 / 笠谷 和比古
論争 関ヶ原合戦
  • 著者:笠谷 和比古
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(272ページ)
  • 発売日:2022-07-27
  • ISBN-10:4106038870
  • ISBN-13:978-4106038877
内容紹介:
通説・俗説・珍説を徹底論破! 「天下分け目の戦い」の真相を解明する。「淀殿や三奉行は三成派」「直江状は偽書」「小山の評定は後世の創作」「戦は一瞬で終わった」「関ヶ原は戦場ではない」… もっと読む
通説・俗説・珍説を徹底論破! 「天下分け目の戦い」の真相を解明する。「淀殿や三奉行は三成派」「直江状は偽書」「小山の評定は後世の創作」「戦は一瞬で終わった」「関ヶ原は戦場ではない」「問い鉄砲はなかった」……。四百年を経た今も日本史上最大の野戦について激しい論戦が繰り広げられている。そのうち、注目を集めた新知見を、第一人者である著者が吟味し、総合的な歴史像を構築する。

第一人者がこの30年の新説を再検討

この30年近く、笠谷和比古氏は関ケ原合戦研究の台風の目であり続けた。笠谷氏の「関ケ原合戦」論を短くまとめると、こうなる。

(1)関ケ原合戦は幕藩国家のつくりを決めた。(2)合戦前、徳川家康軍は東海道を、徳川秀忠軍は中山道を下ったが、両者は関ケ原での合流に失敗。家康軍は秀忠軍なしの単独で決戦に臨んだ。(3)家康軍も秀忠軍も3万だったが、家康軍は防御的な旗本備え。秀忠軍が敵を突き破る攻撃の主力部隊だった。(4)徳川自前の主力部隊が戦場に間に合わなかった家康軍は福島正則・黒田長政ら豊臣系外様大名の攻撃力を借り、彼らに依存して勝利せざるを得なかった。(5)戦後、家康はこれら外様大名に西日本に大領国を与える羽目になった。(6)幕藩国家は分権的多元的な政治秩序をもつことになった。(7)関ケ原合戦後、徳川の天下が定まったわけではなく、豊臣と徳川の「公儀」が並立した。(8)家康は豊臣系大名を天下普請の城づくりに動員しつづけ、死の直前に大坂の陣で豊臣秀頼を滅ぼし徳川の公儀を単独化・確定させた。要するに、秀忠が決戦に間に合わなかったせいで、家康の天下は図らずも中央集権的でなくなり分権的になった。

関ケ原合戦研究は笠谷説の影響力が強く、以後の研究はこれを意識した異説を出さざるを得なくなった。その際、よく使われた否定論法がある。その史実はよく調べてみると後世の記録にあるだけで、同時代の一次史料にはない、したがって事実ではない、という論法だ。しかし、一次史料は後世の史料と併用して総合的批判的に利用すべきものである。また、「芝居じみた話で嘘」という一見もっともらしい論法でも既存の説は批判されやすい。しかし、芝居じみた話でも、歴然とした史実と認められるものはいくらでもある。本書は、笠谷氏がこの30年近くの関ケ原合戦研究で出た新説を検討し直し、11の論点にまとめたものである。

例えば、戦いの直前、家康に反論した直江兼続の「直江状」という書簡がある。これは後世の偽作・捏造だとの説があるが、笠谷氏は大筋、存在したとの説だ。また、家康が栃木・小山で慶長5(1600)年7月25日に諸将と石田三成らへの対応を協議した小山会議(評定)はなかったとの説も出た。本書は一次史料をもとに、これもあったとする。小山会議の否定論者側もその一次史料を解釈して一生懸命、会議の存在を否定しようとしているが、どうみても旗色は悪い。(3)の家康軍は防御的で秀忠軍が攻撃的な主力部隊だったとの説にも批判がある。両軍の質に差は認められない、との異論だ。笠谷氏は旧説の論拠で自説を再度繰り返している。新しく加わったのは家康軍が防御的になった理由だ。家康は入手した東海道筋の城の城番に大名級の家臣を配置してしまい、突破戦力を戦場に同伴できていなかったという。

家康が三方ケ原合戦時の武田信玄をまね、石田たちを大垣城から誘(おび)き出して破ったとの説があるが、笠谷氏はこの説は成り立たないとする。関ケ原を戦場に設定したのは石田の方だからだ。また、家康が小早川秀秋の陣にむかって裏切りを催促する「問い鉄砲」を放ったあたりの詳しい考察も新たに展開しているのがうれしい。第一人者による自説の回顧を読み進むにつれ、諸説紛々たる「関ケ原」の霧が晴れていく感をもった。
論争 関ヶ原合戦 / 笠谷 和比古
論争 関ヶ原合戦
  • 著者:笠谷 和比古
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(272ページ)
  • 発売日:2022-07-27
  • ISBN-10:4106038870
  • ISBN-13:978-4106038877
内容紹介:
通説・俗説・珍説を徹底論破! 「天下分け目の戦い」の真相を解明する。「淀殿や三奉行は三成派」「直江状は偽書」「小山の評定は後世の創作」「戦は一瞬で終わった」「関ヶ原は戦場ではない」… もっと読む
通説・俗説・珍説を徹底論破! 「天下分け目の戦い」の真相を解明する。「淀殿や三奉行は三成派」「直江状は偽書」「小山の評定は後世の創作」「戦は一瞬で終わった」「関ヶ原は戦場ではない」「問い鉄砲はなかった」……。四百年を経た今も日本史上最大の野戦について激しい論戦が繰り広げられている。そのうち、注目を集めた新知見を、第一人者である著者が吟味し、総合的な歴史像を構築する。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2022年10月8日

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