作家。1967年神奈川生まれ 1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2005年「対岸の彼女」で直木賞。近著に「あなたは私の記憶のなかに」(小学館)など。〈プロフィール写真撮影:三原久明〉もっと読む
- 『ガチョウの本』(河出書房新社)角田 光代
二人の少女の絶望と孤独、波瀾万丈語り手のアニエスは、結婚を機にアメリカに引っ越してきたフランス人。二十代の彼女はニワトリとガチョウを飼育し…
書評 - 『じい散歩』(双葉社)角田 光代
日常を包むやさしさ明石新平八十九歳、妻の英子は八十八歳。孝史、建二、雄三の三人息子はみな五十歳前後。都内の一軒家には、孝史と雄三が同居して…
書評 - 『町の本屋という物語: 定有堂書店の43年』(作品社)角田 光代
心揺さぶられる「体温」がある書店定有堂(ていゆうどう)書店、といっても、知らない人はまったく知らないだろう。私も鳥取を訪れるまでその存在を…
書評 - 『ツボちゃんの話: 夫・坪内祐三』(新潮社)角田 光代
矛盾だらけの実像、改めて向き合う二〇二〇年一月に亡くなった坪内祐三さんと、私は親しかったわけではなく、著作についてもすごくくわしいわけでは…
書評 - 『やさしい猫』(中央公論新社)角田 光代
尊い家族への無自覚な暴力スマトラ沖地震で両親を失ったクマさんことクマラさんは、十八歳のとき来日し、自動車整備士として働いていた。夫を病で亡…
書評 - 『突然訪れた天使の日: リチャード・ブローティガン詩集』(思潮社)角田 光代
不思議なことに、会話をするわけでもないのに、私の家の猫はやさしい、ということがわかる。リチャード・ブローティガンという作家も、会ったことも…
書評 - 『生皮 あるセクシャルハラスメントの光景』(朝日新聞出版)角田 光代
事実が着地する「真実」の読了感暴力を振るったわけじゃない。脅すようなことを言った覚えもない。自然だったからだ。だが、自分が感じていることを…
書評 - 『独りでいるより優しくて』(河出書房新社)角田 光代
毒のように作用する過去北京に生まれ、大学卒業後に渡米し、英語で小説を発表し続けている作家イーユン・リーの、新作長編小説である。主要な登場人…
書評 - 『坊っちゃんのそれから』(河出書房新社)角田 光代
時代と人に思い馳せ注意したいのは、タイトルが『続・坊っちゃん』ではないことだ。『坊っちゃんのそれから』で語られるのは、東京に戻った無鉄砲な…
書評 - 『虫娘』(小学館)角田 光代
死の真相に潜む日常の狂気舞台は、東京・中目黒にある瀟洒な洋館。シェアハウスとして使われているこの家には、五人の住人が住んでいる。冒頭で、住…
書評 - 『橋を渡る』(文藝春秋)角田 光代
今はよりよき未来なのか東京都議会で発言していた女性議員に向けて、セクハラと見なされる野次を飛ばした議員がいる。最初の野次の発言者は特定され…
書評 - 『理由のない場所』(河出書房新社)角田 光代
息子を亡くした母の孤独と強さ本書について、作者自身が「小説」であり「フィクション」と言っている、と訳者あとがきに書かれている。けれど、イー…
書評 - 『あとを継ぐひと』(光文社)角田 光代
不可欠でなくても必要なことタイトルそのままに、家業のあとを継ぐ人たちを描いた短編集である。と、タイトルと同様にシンプルに説明することもでき…
書評 - 『文芸誌編集実記』(河出書房新社)角田 光代
文学と対峙し、時代を創った名物編集者まず著者である寺田博氏について説明したい。一九六一年に河出書房新社に入社。倒産によって一時休刊していた…
書評 - 『Red』(中央公論新社)角田 光代
読者自身に人生の答え迫るラストの決断この小説を読みはじめ、最近読んだ新聞記事を思い出した。この一年性交渉がまったくない夫婦の割合が、二〇〇…
書評 - 『恋づくし - 宇野千代伝』(中央公論新社)角田 光代
芯揺るがぬ女性作家九十八歳で亡くなった作家、宇野千代の評伝である。結婚し、北海道に住まう若き作家、千代は、郷里に帰ったついでに東京の出版社…
書評 - 『ちちんぷいぷい』(中央公論新社)角田 光代
自分にとっての生死をただ考えさせる全五十話、一話をひとりずつ、老若男女が一人称で語る。一話はごく短いが、その短い語りのなかに、彼らの人生が…
書評 - 『ヤズディの祈り』(赤々舎)角田 光代
未来をおさめたポートレイト「ヤズディ」とは中東の少数民族で、トルコ、シリア、アルメニア、ドイツなどに分散し、なかでも多くがイラク北西部のシ…
書評 - 『1ミリの後悔もない、はずがない』(新潮社)角田 光代
過去を引きずりながらも人は前に進むここにおさめられた五編の短編小説は、時間も語り手も舞台となる場所も異なるが、それぞれつながっている。だか…
書評 - 『子規の音』(新潮社)角田 光代
生きることを味わい尽くすいのち柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺。私が知っている正岡子規の俳句はこれだけ。つまり、なんにも知らないということだ。な…
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