解説

『ビデの文化史』(作品社)

  • 2017/10/04
ビデの文化史 / ロジェ=アンリ・ゲラン,ジュリア・セルゴ
ビデの文化史
  • 著者:ロジェ=アンリ・ゲラン,ジュリア・セルゴ
  • 翻訳:加藤雅郁
  • 出版社:作品社
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2007-08-31
  • ISBN-10:4861821428
  • ISBN-13:978-4861821424
内容紹介:
ベレー帽、フランスパンとともに、「フランス人の三大発明」として、世界の人々が愛用するものがある。それが、かの「ビデ」である。この偉大なる発明品は、ルイ15世の時代、宮廷の貴婦人の「… もっと読む
ベレー帽、フランスパンとともに、「フランス人の三大発明」として、世界の人々が愛用するものがある。それが、かの「ビデ」である。この偉大なる発明品は、ルイ15世の時代、宮廷の貴婦人の「秘密の身だしなみ」のために、パリの高級家具職人によって初めて製作され、贅を尽くした美術品のように洗練されていく。さらに、高級娼館の必需品となり、みだらな風俗の象徴ともなっていく。しかし、その名は公然と口に出されることのない秘密の存在であり、それゆえに、好奇とフェティシズムの対象ともなってきた。本書は、女性の私室の中に秘められた歴史を、生活・文化・風俗史の資料をもとに、名著『トイレの文化史』の歴史学者が、初めて明らかにしたものである。
平凡社『世界大百科事典第二版』。数字を漢字に変えて引用する。

ビデ bidet[フランス]
一般には腟洗浄用器具を指すが、広く局所洗浄用器具を含める場合もある。腟洗浄の歴史は古く紀元前にさかのぼるといわれるが、現在の形に近いビデが作られ普及しはじめたのは、十三世紀以降の中世ヨーロッパとされる。
ビデには、欧米のホテル洗面所などでもしばしば見かけられる固定式のそれと、日本をはじめアジア地域でも普及している携帯用のものがある。洗浄には、単なるぬるま湯や、それに酢、食塩などを混じたものが用いられる。一般には、性交後避妊、帯下の治療、性病等の感染予防などの効果が期待されて用いられるが、その医学的効果は不確実で危険性すらあるというのが大方の医師の意見である。すなわち、腟内へ射精後精子は数分で卵管へと到達するから避妊効果は考えられないこと、感染予防効果が認められないことなどが、その医学的効果が期待できない理由である。また、腟内細菌による腟自浄作用が洗浄により低下して逆に病的細菌が増殖する可能性、洗浄圧による子宮口からの上行性感染の可能性などが、その危険性の根拠としてあげられている。清潔にするなど正しい使用法にもとづいて使用することが重要であるが、それにしても洗浄による爽快感以上のものは期待できない。

なかなかにして手厳しい解説である。それにしても十三世紀とは如何なる文献を根拠にしたのか。またヨーロッパやアジアで普及しているとしながらも、その文化的背景や具体的事象については一言も書かれていないのはなぜなのか。本書の読者としては少なからず首をかしげることになるだろう。人間の生活に密着するこういう項目に歴史的叙述は不可欠だからである。

もう一冊、やはり権威ある事典、小学館『日本大百科全書』からも引いておきたい。

ビデ bidet
浴室に浴槽や便器などと並べて設置される女性性器の洗浄装置で、貯湯式と噴水式がある。大きさは普通の洋風便器よりやや小形。混合水栓、蛇口、止水栓と上向きの噴水装置からなる陶器製品で、壁付き型と床置き型がある。洋風便器のように腰掛けて使う便座のあるものもあるが、一般的には中腰で洗浄する形式のものが多い。また、キャスターがついて洗面器の下に組み込まれ、使用時に引き出してフレキシブルパイプにより給排水を行うものもある。キャスター付きのものはスペースが節約できる。わが国では、その利用が一般的ではなかったが、最近では海外技術から導入された洗浄便器が使われるようになり、兼用型として性器の洗浄管と肛門洗浄管の二管が内蔵され、温水温度を調節しながら必要に応じて洗浄する製品が普及し始めている。また、製品によっては温風を吹き出させて局部を乾かす装置をもつものもある。
 
私個人としては科学や医学の名のもとに、ある文化を一刀のもとに切り捨てるかのごとき書きぶりよりもこうした即物的解説の方が好ましい。とはいえ、やはり歴史的叙述がなされていないのは物足りないと言わざるを得ない。東西比較文化史のなかで「ビデ」についてはすっぽり抜けていたのではないかという気にすらなる。

その一方で、ビデは日本の生活に溶け込んでいるから知らない者はないという黙契ができているかのごとき場合がある。

先に触れた温水洗浄便器の「ビデ」の説明を見て少なくとも私は愕然とした。我が家のトイレの説明書では五十五ページにわたる冊子のなかで、「各部のなまえ」「機能の紹介」で数ヶ所「ビデ」の字があるだけで、「各部のなまえ」の「ビデ洗浄スイッチ」の下に矢印で指示された頁の「使い方」をみても「ビデ洗浄スイッチ」は「ビデとして使えます」としか書かれていなかったのだ。誰が(大人か子供か女か男か)いつ(排便時か排尿時かセックスの前か後か)どこを(特に名を伏す)どのように(あえて言葉を濁す)どうして(清潔のためか避妊のためかそれともさらに別の理由でか)洗うのか、細かな説明は一切ないままに「ビデとして使えます」という「説明」しかない。これでは日本人の誰もが「ビデ」について知っていることを前提にしているかのようではないか。

だが、試みに周囲の方々にビデについて何を知っているかを尋ねて頂きたい。ほとんどの方がせいぜい『広辞苑』どまりの理解なのではなかろうか。打ち割ったところを言えば、本書を繙くまでは、私自身がそうであった。何度もフランスにゆき、あまつさえフランスで暮らしたこともあるのに、そのたびに見ていたはずのビデに対して、どうやら私は見て見ぬふりを決め込んでいたようである。

だが、あえて言うなら、私などよりはるかに学識のあるフランス文学・文化の専門家でもビデについて正確に知っているとは限らない。本書にもさまざま書かれていることではあるけれど、実話として残しておくとすれば、今はむかし、諸先生、諸先輩に伺ったビデにまつわるいくつかのエピソードがある。以下、伝聞調を排してありていに書く。

(次ページに続く)
ビデの文化史 / ロジェ=アンリ・ゲラン,ジュリア・セルゴ
ビデの文化史
  • 著者:ロジェ=アンリ・ゲラン,ジュリア・セルゴ
  • 翻訳:加藤雅郁
  • 出版社:作品社
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2007-08-31
  • ISBN-10:4861821428
  • ISBN-13:978-4861821424
内容紹介:
ベレー帽、フランスパンとともに、「フランス人の三大発明」として、世界の人々が愛用するものがある。それが、かの「ビデ」である。この偉大なる発明品は、ルイ15世の時代、宮廷の貴婦人の「… もっと読む
ベレー帽、フランスパンとともに、「フランス人の三大発明」として、世界の人々が愛用するものがある。それが、かの「ビデ」である。この偉大なる発明品は、ルイ15世の時代、宮廷の貴婦人の「秘密の身だしなみ」のために、パリの高級家具職人によって初めて製作され、贅を尽くした美術品のように洗練されていく。さらに、高級娼館の必需品となり、みだらな風俗の象徴ともなっていく。しかし、その名は公然と口に出されることのない秘密の存在であり、それゆえに、好奇とフェティシズムの対象ともなってきた。本書は、女性の私室の中に秘められた歴史を、生活・文化・風俗史の資料をもとに、名著『トイレの文化史』の歴史学者が、初めて明らかにしたものである。

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