書評
『代官の日常生活 江戸の中間管理職』(KADOKAWA/角川学芸出版)
「お主も悪よのぉ」には訳があった
助 おや、格さん、珍しく本なんか読んじゃって。『代官の日常生活』ねぇ。格 いやさ、おれたち、黄門さまの御印籠をかざして悪代官をやっつけているけど、そのじつ代官の実態を知らないだろう。
助 それはそうだ。特に最初の頃だけど、黄門さまはなぜ代官のところばかり漫遊したんだろう。
格 そんなことも知らなかったのかい。御威光が強く及ぶのは幕府の直轄領なのさ。で、代官ってのは、その直轄領統治に派遣される役人のこと。年貢徴収民政一般と警察および裁判事務の担当さ。
助 ということはなにかい、直轄領だから、法外な年貢を課したり、悪徳商人と結んで「お主も悪よのぉ」と公金横領できたってわけか?
格 いや、その反対だったらしい。「代官の裁量は狭く、恣意的な徴税は制度上はできなくなっていた」ってあるもの。それに「者ども切り捨てい」なんてのもウソ。「軽微な事件であっても、必ず口書を作成したうえで勘定所へ上げて決裁を仰がなくては判決の申し渡しはできなかった」。
助 そりゃ、困る。おれたちは存在しない悪事を懲らしめてたことになるぞ!
格 いや、悪代官ってのもないわけじゃなかった。ただし、幕藩体制初期にね。在郷地主や豪商、検地・灌漑・治水・鉱山などのテクノクラートが代官になっていたから、好き勝手をやることもできたわけだ。
助 黄門さまは江戸前期の人だから、全部がフィクションでもないわけか、よかった。
格 ところが五代将軍綱吉の時代になると、こうした代官のほとんどが年貢滞納・年貢流用などの理由で改易・死罪・遠島になる。代わりに、中央から有能な官僚が任命される。
助 やっぱり悪代官が多かったんだ。
格 いや、むしろ制度的欠陥のためらしい。「代官は役所運営費を後述する口米(くちまい)・口永(くちえい)という本年貢の三パーセントの付加税によって賄うようにされていたが、これは地域により一様ではなく、本年貢が減少すれば不足分を本年貢から一時的に流用せざるをえず、これが累積していく。一概に代官の不正によるものとはかぎらないのである」。これは享保の改革でようやく改められる。
助 代官ってのは貧乏くじじゃないか?
格 その通り。陣屋改造費や引越費用がかかるし、交際費も馬鹿にならない。部下に年貢を横領する者もいる。
助 なら、なんで代官になりたがる人間がいたんだい?
格 そこさ、問題は。幕府官僚をキャリア(旗本)とノンキャリア(御家人)に分けると、代官は小十人筋といってキャリア技官相当だけど、役高は一五〇俵で最下層。世襲は原則としてない。
助 ますます不思議だ。
格 いや不思議じゃない。だって、立派な役付きだもの。五千家の旗本のうち四割には役がない。それにノンキャリアの御家人にとっちゃ憧れのポストだ。御家人から代官となって実績を上げて出世街道を驀進(ばくしん)した者もいる。江戸後期では代官の七十五パーセントが御家人上がりになる。
助 代官は、会社でいえば本社の課長というよりも百パーセント出資子会社の社長だね。リスクとリターンが背中合わせになった中間管理職。
格 それはそうと、黄門さまは代官のこういう実態ご存じなのかしら?
助 いっそ、この本を差し上げたら?
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