書評

『大正=歴史の踊り場とは何か 現代の起点を探る』(講談社)

  • 2018/06/24
大正=歴史の踊り場とは何か 現代の起点を探る / 鷲田 清一,佐々木 幹郎,山室 信一,渡辺 裕
大正=歴史の踊り場とは何か 現代の起点を探る
  • 著者:鷲田 清一,佐々木 幹郎,山室 信一,渡辺 裕
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(268ページ)
  • 発売日:2018-05-10
  • ISBN-10:4065116392
  • ISBN-13:978-4065116395
内容紹介:
震災と大戦、普選法や治安維持法にモボ・モガ・サラリーマンという都市の民。社会や暮らし方に現代の原型が生まれた大正時代とは。

時代の可能性から大正を捉え直す

時代の可能性という新たな視点から大正を捉え直した書物だ。

昇りゆく人と降りゆく人が行き交う階段の踊り場と同じように、大正時代には上昇や下降など幾通りもの方向選択の機会があった。この「歴史の踊り場」に散乱していたさまざまな可能性から、現代にも通用するものを見つけ出し、何が問題解決のヒントになるか、目の前の課題と結びつけて語られている。

現代の起点としてまず四つの視座が提示され、また、方向選択を可能にした要素についての定性分析にも四つのサンプルが用意されている。さらに、新造語、流行や新しい社会の動きといった事象の考察を通して、大正という時代の特徴が明快に捉えられている。しかし、そうした論証の布置はただ知られざる史実を掘り起こし、近代史の類似性を指摘するためではない。「踊り場」であるゆえに、忘れられ、あるいは抑圧された着想や制度は、現代社会を逆照射するための光源とされている。明治時代に誕生した「学区」制度は当時の教育と社会の関係を考証するのにとどまらず、学校を住民と地域社会との連結器として、今後の地域社会づくりにどう活用できるか、もう一つの可能性が探られている。

大正時代につくられた「民生委員」は独特の制度で、欧米のソーシャル・ワーカーと理念も制度も違う。仕事の内容が専門ごとに細分化されている欧米の場合と違って、日本の民生委員は地域密着型で、仕事の範囲も広い。つまりは人と人のつながりを大切にする発想にもとづくものである。一〇〇年前に構想された「民生委員」制度は、「二〇二五年以後問題」に代表される日本の将来の課題を解決するのに、「地域包括ケアシステム」のモデルを提供したとの指摘も頷(うなず)ける。

一方、方向性のまったく違う「可能性」もかつてはあった。関東大震災が起きたとき、近代文明に対する反省、自然と人間の関係に対する注目、防災の提言から天譴(てんけん)説にいたるまで、多種多様なことが議論された。興味深いことに、似たような言説や社会の反応は約九〇年後に起きた東日本大震災の際に、そっくりそのままくり返された。現代を連想させながらの語りは、近代精神史の空間における記憶と忘却の問題を再度思い起こさせた。

技術や生産と違って、文学と芸術は独特の形式で社会とシンクロナイズする。メロディーが近代的な集団形成においていかに共同体意識を育み、強化したか、また、心情を表象する言語がどのような変奏を導き出すかについての深海調査も「踊り場」という錨(いかり)を下ろすことによって、その深さが測れるようになった。

時代の変化について語るとき、転換点という言葉がしばしば用いられている。最近、流行(はや)りのシンギュラリティ(技術的特異点)という用語もこれまでとまったく違う時代の到来を予告したものだ。近い将来を展望すると、日本のみならず、全地球が人類文明の「踊り場」に来ているのはまちがいない。「踊り場」に差し掛かったとき、先人たちがどのような身の振り方をしたか。ここから学ぶべきものが多い。

過去を過去として玩味するのではなく、近代史の鉱脈から合理性の砂金を見いだし、ロボットが人間に取って代わり、大量失業の到来が囁(ささや)かれる時代に先んじてさまざまな提言が出されている。

一〇〇年前のことを語って、現代のことを考えさせる。歴史的経験の語り方について、また一つ新たな可能性が示された。
大正=歴史の踊り場とは何か 現代の起点を探る / 鷲田 清一,佐々木 幹郎,山室 信一,渡辺 裕
大正=歴史の踊り場とは何か 現代の起点を探る
  • 著者:鷲田 清一,佐々木 幹郎,山室 信一,渡辺 裕
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(268ページ)
  • 発売日:2018-05-10
  • ISBN-10:4065116392
  • ISBN-13:978-4065116395
内容紹介:
震災と大戦、普選法や治安維持法にモボ・モガ・サラリーマンという都市の民。社会や暮らし方に現代の原型が生まれた大正時代とは。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年6月17日

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