前書き
『誰も農業を知らない: プロ農家だからわかる日本農業の未来』(原書房)
大規模農業論、6次産業化、企業の農業参入……各界から日本農業へのさまざまな改革案が示されている。問題は、それがうまくいくかどうかだ。元経営コンサルタント会社勤務、就農20年以上のベテラン専業農家である著者は、そうした改革案のほとんどは「ピンぼけ」だと言う。プロ農家のリアルすぎる目から見た日本農業の現状と突破口とは? 本書前書きから抜粋して紹介する。
「農業は手厚く保護すべき」派と「市場原理にまかせれば農業は強くなる」派の論争は、もう三〇年以上続いています。
最近では、ハイテク農業への期待を語る人や、農作物の生産だけでなく加工や流通・販売までトータルに行う六次産業化がカギだと言う人も出てきました。
こうしたさまざまな意見はもともとは善意からのものではあるのでしょうが、農家の多くはほとんど気にしてさえいません。なぜでしょうか。
理由はシンプルです。「これでは農家を説得できないよな……」としか思えない農業論がほとんどだったからです。
専業農家に転じる前、かつて私が新卒で入った経営コンサルタント会社では、大学卒業間もない者でも、顧客である経営者に助言を与えることを求められました。まだスーツがなじんでいない新入社員の言うことを、その道一筋で何十年と生きてきた経営者が本気で聞くはずがありません。しかし、それでも助言をしなければなりません。どうすればよいのか?
「事実のみを話せ」です。自分の足でデータを収集整理し、「私が言っているのではありません。調べたところ、データが(顧客が)こう言っているのです」とやれと教わりました。
だから「足を使ってデータを集めろ!」――これが私が勤務していた会社の社員教育でした。
そうした教育・訓練を受けてきた者として言わせてもらえば、農業論を語る多くの人には、現実が見えていません。
だから農家は、「言いたいことはわかるが、それは可能なのか?」「ムードだけで言っていないか?」「その論法でいくとむしろ日本の農業はつぶれる方向に進むことになるが、わかっているのか?」などと思います。
が、わざわざ反論したりはしません。「偉い人」にモノを言えるほど自分は頭が良くないと思っていることもありますが、何を言ってもこの人にはわかってもらえないだろうと考えて、無視するのです。
しかしそういう農家だって、正直なところ農業のなんたるかが、すべてわかっているわけではありません。農業はあまりに多様で、農家や農学者でもその全貌はつかみきれないのです。
農業論をぶつ人も、そして農家も、みな農業を本当にはよく知らない――これが現実だと思いますが、一方、日本の農業がいま危機に瀕していることも事実です。すでに危険水域にあると言ってもいいでしょう。
日本の農業をどうするか――これはこの国の根幹に関わるとても大きな問題です。誰に言われるまでもなく、農家はこの問題について我がこととして毎日考えています。そして可能ならば、多くの人に農業についてわかってほしい、農家のことをわかってほしいと思っています。
農業の危機を目の前にして、浅学非才は知りつつも、少なくとも自分の知っていることは書いてみよう、書きにくいことも率直に書こうと思いました。それが本書です。
[書き手]有坪民雄(農家・ライター)
書きにくいことも書きました
神学論争は、もうやめにしませんか?「農業は手厚く保護すべき」派と「市場原理にまかせれば農業は強くなる」派の論争は、もう三〇年以上続いています。
最近では、ハイテク農業への期待を語る人や、農作物の生産だけでなく加工や流通・販売までトータルに行う六次産業化がカギだと言う人も出てきました。
こうしたさまざまな意見はもともとは善意からのものではあるのでしょうが、農家の多くはほとんど気にしてさえいません。なぜでしょうか。
理由はシンプルです。「これでは農家を説得できないよな……」としか思えない農業論がほとんどだったからです。
専業農家に転じる前、かつて私が新卒で入った経営コンサルタント会社では、大学卒業間もない者でも、顧客である経営者に助言を与えることを求められました。まだスーツがなじんでいない新入社員の言うことを、その道一筋で何十年と生きてきた経営者が本気で聞くはずがありません。しかし、それでも助言をしなければなりません。どうすればよいのか?
「事実のみを話せ」です。自分の足でデータを収集整理し、「私が言っているのではありません。調べたところ、データが(顧客が)こう言っているのです」とやれと教わりました。
だから「足を使ってデータを集めろ!」――これが私が勤務していた会社の社員教育でした。
そうした教育・訓練を受けてきた者として言わせてもらえば、農業論を語る多くの人には、現実が見えていません。
だから農家は、「言いたいことはわかるが、それは可能なのか?」「ムードだけで言っていないか?」「その論法でいくとむしろ日本の農業はつぶれる方向に進むことになるが、わかっているのか?」などと思います。
が、わざわざ反論したりはしません。「偉い人」にモノを言えるほど自分は頭が良くないと思っていることもありますが、何を言ってもこの人にはわかってもらえないだろうと考えて、無視するのです。
しかしそういう農家だって、正直なところ農業のなんたるかが、すべてわかっているわけではありません。農業はあまりに多様で、農家や農学者でもその全貌はつかみきれないのです。
農業論をぶつ人も、そして農家も、みな農業を本当にはよく知らない――これが現実だと思いますが、一方、日本の農業がいま危機に瀕していることも事実です。すでに危険水域にあると言ってもいいでしょう。
日本の農業をどうするか――これはこの国の根幹に関わるとても大きな問題です。誰に言われるまでもなく、農家はこの問題について我がこととして毎日考えています。そして可能ならば、多くの人に農業についてわかってほしい、農家のことをわかってほしいと思っています。
農業の危機を目の前にして、浅学非才は知りつつも、少なくとも自分の知っていることは書いてみよう、書きにくいことも率直に書こうと思いました。それが本書です。
[書き手]有坪民雄(農家・ライター)