書評

『イメージの前で: 美術史の目的への問い』(法政大学出版局)

  • 2017/07/05
イメージの前で: 美術史の目的への問い  / ジョルジュ・ディディ=ユベルマン
イメージの前で: 美術史の目的への問い
  • 著者:ジョルジュ・ディディ=ユベルマン
  • 翻訳:江澤 健一郎
  • 出版社:法政大学出版局
  • 装丁:単行本(494ページ)
  • 発売日:2012-02-29
  • ISBN-10:4588009710
  • ISBN-13:978-4588009716
内容紹介:
ヴァザーリによる美術史の発明からパノフスキー的イコノロジーにいたる美学的言説の歴史を脱構築する、注目の美術史家の初期代表作。
処女作『ヒステリーの発明』(一九八二年)が『アウラ・ヒステリカ』のタイトルで一九九〇年に邦訳されて以来、著者ディディ=ユベルマンの名は、ある種の戦慄をもって私の脳裏に刻まれた。その後、次々と出る邦訳によって、戦慄は確信に変わった。美学者とも美術史家とも哲学者とも、肩書きはいかようにも付けられようが、そうした既成の肩書きを失効させるかのように、ここに本物の、脱領域的な、真に共感できる偉大な知性が存在する、そのような確信である。

本書は、一九九〇年、著者三十七歳の折に刊行された美術史方法論の書である。美術史という学問が、見えるものの読めるものへの閉じこめによって成立していると考える著者が、美術史のそうした「確信的な調子」に全力で異を唱えるという、その後の著者の仕事の基礎をなし、また方向を予告するところの宣言の書といっていいだろう。

著者のいわんとするところは、ただひとつ、イメージにおける「非―知という消去しえない否定性」を思考することである。この「否定性」を、著者はまた「裂け目」とも「徴候(サンプトム)」とも呼ぶ。「非―知」という言葉からはバタイユを、「徴候」という言葉からはフロイトの名を直ちに思い浮かべられよう。実際、本書は、バタイユやフロイトから得たそうした概念を既成の美術史の批判のための武器として用いる、近年のある種の傾向を確立するに大いにあずかって力のあった、まことに精緻な研究書というべきである。

批判の矛先は、まず「美術史」の発明者ヴァザーリに向けられる。「再生(ルネサンス)」とは、すでに芸術が死んでいたと仮定することである。ヴァザーリは、芸術家たちを想定される「第二の死」から救い、芸術を忘却しえぬものに変えるために、どのような戦略で臨んだか。「素描」(disegno)という概念が、美術史という知の創設にいかに決定的な役割を果たしたかが、説得的に論じられるだろう。

パノフスキーのイコノロジーの「カント的な、より正確には新カント主義的な発想」が次に槍玉に挙げられる。そこには意識だけがあって無意識が存在せず、見るという動詞が透明な仕方で知るという動詞と結びつけられる。イコノロジーは、つまるところ、イメージ全体を概念、定義による専制に、命名可能なものと読めるものによる専制にゆだねる、ロゴス中心的な営みであって、感性的多様性を言表可能な意味作用のなかへまとめるカッシーラーの「象徴形式」の発想に依拠するというわけである。

ヴァザーリ=パノフスキー的な「美術史」に対して、では著者が突きつける「非―知」、「徴候」、「裂け目」とは具体的にどんなものだろうか。たとえば、フラ・アンジェリコの《受胎告知》のあの無味乾燥な画面の中央部を占める白の面がそれだ。フラ・アンジェリコについては、本書の刊行とほぼ同時に著者は一書をものしていて、これには邦訳もあるから、すでにその論点は知られるところとなっていようが、図像解釈学(イコノロジー)的には名指すことのできないこの「白」を著者は端的に「徴候」と呼ぶのである。「症状」と訳すこともできる「徴候」の概念を、著者はフロイトの『夢判断』の読解を通じて採り出してくるのだが、それは夢を「デッサン」ではなく「判じ絵」とみなすフロイトの立場にもとづいている。こうした「徴候」あるいは「裂け目」に、著者がどのようにその「思考」を及ぼすかが本書の醍醐味であって、方法論の書という限定があるとはいえ、まことに刺戟的な論及がなされている。

たとえば、デューラーの《メレンコリアⅠ》をキリストのまねびと関連づける箇所など、パノフスキーの図像解釈学(イコノロジー)への根本的批判となっているといわなければならない。私にとりわけ興味深く思われたのは、エデッサのマンディリオン、ヴェロニカの聖顔布、トリノの聖骸布、いわゆる「アケイロポイエートス」(人間の手によって作られていない)キリスト教における「原型的」イメージを純然たる徴候とみなすその論点である。著者によれば、これらは「神のさらけ出された痕跡」として、「非―知という消去しえない否定性」以外の何ものでもないことになろう。

ディディ=ユベルマンという存在は、美術史学の喉元に突きつけられた刃(やいば)のようなものである。図像解釈学(イコノロジー)的な、いや、というよりむしろ図像学(イコノグラフィー)的な名指しに汲々とするこの国の美術史研究の一般的趨勢に本書は鋭く突き刺さるはずだ。

【この書評が収録されている書籍】
書物のエロティックス / 谷川 渥
書物のエロティックス
  • 著者:谷川 渥
  • 出版社:右文書院
  • 装丁:ペーパーバック(318ページ)
  • 発売日:2014-04-00
  • ISBN-10:4842107588
  • ISBN-13:978-4842107585
内容紹介:
1 エロスとタナトス
2 実存・狂気・肉体
3 マニエリスム・バロック問題
4 澁澤龍彦・種村季弘の宇宙
5 ダダ・シュルレアリスム
6 終わりをめぐる断章

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イメージの前で: 美術史の目的への問い  / ジョルジュ・ディディ=ユベルマン
イメージの前で: 美術史の目的への問い
  • 著者:ジョルジュ・ディディ=ユベルマン
  • 翻訳:江澤 健一郎
  • 出版社:法政大学出版局
  • 装丁:単行本(494ページ)
  • 発売日:2012-02-29
  • ISBN-10:4588009710
  • ISBN-13:978-4588009716
内容紹介:
ヴァザーリによる美術史の発明からパノフスキー的イコノロジーにいたる美学的言説の歴史を脱構築する、注目の美術史家の初期代表作。

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初出メディア

図書新聞

図書新聞 2012年6月9日

週刊書評紙・図書新聞の創刊は1949年(昭和24年)。一貫して知のトレンドを練り続け、アヴァンギャルド・シーンを完全パック。「硬派書評紙(ゴリゴリ・レビュー)である。」をモットーに、人文社会科学系をはじめ、アート、エンターテインメントやサブカルチャーの情報も満載にお届けしております。2017年6月1日から発行元が武久出版株式会社となりました。

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