「自死行」迫真のルポルタージュ
読むのが辛い本である。著者には、安楽死を巡る最近の世界の事情を取材した『安楽死を遂げるまで』という好著があるが、本書は、そうした事情のなかで、一人の日本人女性に親しく寄り添いながら、彼女がスイスで安楽死を遂げるまでの経緯を、丹念なルポルタージュとして綴(つづ)ったものである。取材に当たって、NHKとの協働関係もあったようで、NHK・TVでの番組を視聴された方も多いかもしれないが、映像とは違った重みが本書にはある。もともと、一部の先進国では最近、伝統的な医療倫理からは外れて、医師が、クライアントの自死の手助けをする(PADと略される)、あるいは、実際にクライアントの死に直接関わる(安楽死)、という行為が、厳しい条件付きではあるが、法的に解禁されてきた、という事情がある。著者の前著は、まさしくその実情を具(つぶさ)に追ったものであった。
当然解禁されていない国や地域で自死を望む人は、解禁されている場所へ移動して、望みを遂げる、という事態が起こる。アメリカでは、オレゴン州へ住居を移した上で、自死を実行した女性に関してメディアが克明に報道して日本でも話題になり、<suicide-tour>(自死行)という言葉も、国際的に広がりつつある。
そうした中で、恢復(かいふく)の望みがない、というよりも、緩慢な経過のなかで、自らの意志による行動の一つ一つが、確実に不可能になるという難病を抱えた一人の日本人女性が、著者の前著に励まされて(著者は、自死に向かう行動を積極的に支持してはいないし、まして勧めているわけではないが)、自死への意志を実行するに当たっての助言を著者に求めたことから、話は始まる。日本は、「未解禁」の国である以上、彼女はスイスを目指した。因(ちな)みにアメリカでの「解禁地域」は、基本的に安楽死ではなく、PADを対象にした法的対応をしているが、ヨーロッパでは、ベネルックス三国がそうであるように、安楽死も対象となっているケースが多い。
問題の女性は、極めて合理的、かつ冷静な性格で、愛情溢(あふ)れる二人の姉以外に、係累のない立場であった。疾患の診断結果がはっきりして、独り暮らしから、余裕のある姉の家に住まいを移したが、少しずつ、今まで出来ていたことが出来なくなる。その度に、姉たちに代わって貰(もら)う、そして再びその度に、「ごめんね」、「ありがとう」を繰り返す。そのことが、女性にとっては、堪えがたい。姉たちは決して恩着せがましい姿勢は見せない、どころか、本当に喜んで彼女を手伝う。でも、それ自体もまた、本人にとっては「辛い」こと、負担に感じられる。そういう状況が、本書では細やかな筆致で描き出される。皆から大事にされていること、それは「幸せ」だが、「楽しい」ことではない、という彼女の言葉は、読む者の魂に突き刺さる。
紆余曲折の末、彼女はスイスで自死を全うする。著者は、それに付き添う形で一部始終を目撃する。当日の朝、ホテルでの朝食の場面、数時間後に此(こ)の世を去る人が、笑顔さえ見せながら、カリカリに焼いたベーコンを口にする、それを見守りながら、結局は彼女にその道を選ばせたのが自分ではないか、と著者の方が、むしろ動揺している。その場面も読者の心を抉(えぐ)る。
スイスの関係者の振る舞いの「適切」さ、「親切」も、著者の筆は見逃さない。それでも、なおこうした行為に伴う「適切さ」とか「親切」が、真の意味で「適切」なのか、一抹の疑問も著者は忘れない。読後深沈たる思い。