書評
『葉書でドナルド・エヴァンズに』(作品社)
官製葉書の想像力
架空の国々の切手を水彩で描き、主題別、発行年別にシートとして分類しつづけるという奇妙な情熱にとりつかれた画家ドナルド・エヴァンズ。一九四五年、アメリカはニュージャージー州モリスタウンに生まれたエヴァンズは、七七年、当時住んでいたアムステルダムで火事に遭い、三十一歳の若さで急逝した。本書は、この夭折の画家に対して深い共感を抱いた詩人による、評伝とも紀行文ともつかない美しい「散文集」である。タイプのピリオド・キーで目打ちをほどこした切手サイズの紙枠を用いるという拘束のうちに、逆説的な想像力の飛翔(ひしょう)を読んだ平出氏は、自身にもまたその規矩(きく)を課してみせる。つまり、一頁を一枚の葉書に見立てるのだ。
こうして、エヴァンズの足跡を追い、彼にゆかりの土地や友人たちを訪ねる旅の報告が、ときに時間と空間の大きな入れ替えをともないながら、この限られた紙幅のなかで、淡々と、まるでスライド映写機の映像のように重ねられていく。切手収集に夢中になった画家の幼年時代も、彼を愛した母親の肖像も、建築士として働いていた頃の様子も、画業に打ち込んだ数年間も、痛ましい最期も、すべてが葉書というおなじ重量、おなじ料金体系のなかで、並列的に扱われている。
しかしエヴァンズの世界とみごとに合致した、未使用の官製葉書とも清潔な墓碑とも見受けられる白い表紙から漂う秩序への憧憬は、著者自身の祖母や癌に冒されて死んでいく親友の姿を描いた数頁で、ほんの一瞬ぐらつく。そして、不思議なことに、抑制のきいた声のなかでふいにあらわになるそのわずかな動揺がかえって全体の静けさを増し、画家への思慕をも強めているのだ。
エヴァンズ「発行」の切手は、一八五二年から一九七三年に及んでいる。生涯の四倍に当たる時空を生きた画家を語るために用意されたこれら断章群に、たぶん終わりはないだろう。夢の持続も、また秩序のうちなのだから。
【文庫版】
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2001年6月3日
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