書評

『映画という《物体X》 フィルム・アーカイブの眼で見た映画』(立東舎)

  • 2020/04/15
映画という《物体X》 フィルム・アーカイブの眼で見た映画 / 岡田 秀則
映画という《物体X》 フィルム・アーカイブの眼で見た映画
  • 著者:岡田 秀則
  • 出版社:立東舎
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(256ページ)
  • 発売日:2016-09-23
  • ISBN-10:4845628635
  • ISBN-13:978-4845628636
内容紹介:
映画保存のエキスパートが明かす、“物質”面から捉えた映画の新しい魅惑。巻末に蓮實重彦氏との対談を収録!

国立近代美術館フィルムセンター主任研究員が探る、物質としての映画

「映画とはなんなのか」という問いに対する、もっともラジカルな答えがここにある

映画とは何か? それは映画にまつわるもっとも根源的な問いかけであり、多くの人がその問いに答えようとしてきた。ぼくなら1回の上映こそが映画なのだと答えるだろう。スクリーンに投影される映像と、それを観る観客とのあいだに生まれる空間、その相互関係によって生じる力場こそが映画的空間なのだ、と。そのとき、スクリーンと客席以外のすべてが捨象される。上映されている瞬間だけ、映画は存在する。だが、もちろん、これはもっとも極端な立場であって、これと真逆な立ち位置もやはり存在しうるだろう。つまり、映画とは消え失せるものではなく永続するひとつの実体であり、手に触れられる物理的存在だとする考え方だ。いわば映画物質原理主義とでも言えばいいだろうか。モノとしての映画、それはいかなるものだろうか。

『映画という《物体X》』(立東舎)は物質として映画をとらえるということについての本である。著者、岡田秀則は国立近代美術館フィルムセンター主任研究員である。フィルムセンターは日本で唯一の国立フィルム・アーカイブ、つまり映画資料の図書館だ。一般の映画ファンにとっては老人と平日の昼間からいつも行列に並んでいる何をやっているのかわからない人のために他ではかからない映画を上映している施設という認識だろう。だが、フィルムセンターには上映と同じくらい、いやそれ以上に力を入れている役割がある。映画の保存だ。フィルムセンターは映画を保存し、次代に伝える機関である。映画を保存するとはどういうことか? 何をもって映画が保存できているということになるのか? その問いに答えるためには、物質としての映画はなんなのか、という問題に答えなければならない。

現在はデジタルの世の中である。新作はほとんどすべてがデジタルで製作され、上映もデジタル・プロジェクターでおこなわれる。じゃあデジタル化して保存しておけばいいじゃないか、と簡単に思いがちだ。だが、ではそこでどんなフォーマット、どんなメディアで保存すればいいというんだろう? フォーマットは日進月歩であり、日々更新されていく。1~2年保存しておこうという話ではない。100年、200年保存しなければならないのだ。100年後まで保存できる形式となったとき、頼れるのは結局フィルムなのだ。フィルムであれば、世界で最初に作られた映画でも上映できる。

だが、保存のためにはフィルムがなんなのかを知らなければならない。フィルムは何でできているのか? 映画フィルムは薄く透明なセルロイド素材(フィルムベース)の上に感光剤となる乳剤(エマルジョン)を塗布したものである。セルロイド素材には長らく硝酸セルロース(セルロース・ナイトレート)が使われていたが、これはきわめて発火性が高く、いちど燃えはじめると消すことができない素材だった。可燃性フィルムは過去にたびたびフィルム倉庫の火事を引き起こし、多くのフィルム消失の原因になってきた(『イングロリアス・バスターズ』のアレである)。ある意味ではフィルム保存の最悪の敵なのだが、同時に保存性においてはこれにまさる素材はいまだ発明されていない。

いっぽう、乳剤に使われているゼラチンは、いまだに人工合成ができておらず、牛骨などの動物原料から抽出されているのだという。すべてのフィルム上映において、我々は牛の身体を通した光を見ているのだ。「映画とは爆薬の上に牛の体内物質を塗りつけたものだ」と筆者は語る。映画とはなんなのかという問いに対するもっともラジカルな答えがここにあるのだ。

映画を観て評することは誰にでもできる。だが、映画を観ずして、その周辺にあるものだけで映画とは何かを浮かび上がらせることができるのは、アーキビストの特権である。映画の物理的側面について、あるいは映画雑誌や紙資料といった映画周辺資料について、さまざまな考察を加えることで、映画の姿が浮かび上がる。本書では映画保存協会代表の石原氏との対談や、シネマテークをはじめとするフランスの映画保存機関訪問記などで、映画保存とはなんなのかが語られる。それは決して受け身の行動ではなく、きわめて創造的おこないなのだ。フランスの数多いフィルム・アーカイブの特徴から、映画評論家の派閥や傾向までが見えるのはきわめて面白い。フィルム・アーカイブは映画の見方に影響を与え、ひいては映画そのもののかたちも変えるのだ。
映画という《物体X》 フィルム・アーカイブの眼で見た映画 / 岡田 秀則
映画という《物体X》 フィルム・アーカイブの眼で見た映画
  • 著者:岡田 秀則
  • 出版社:立東舎
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(256ページ)
  • 発売日:2016-09-23
  • ISBN-10:4845628635
  • ISBN-13:978-4845628636
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映画保存のエキスパートが明かす、“物質”面から捉えた映画の新しい魅惑。巻末に蓮實重彦氏との対談を収録!

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映画秘宝 2017年1月号

95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho

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