書評
『ガリレオの苦悩』(文藝春秋)
科学技術用いた新しい密室トリック
若い頃からミステリーを愛読してきた。たとえば江戸川乱歩の探偵小説。犯人が巧妙なトリックを仕かけ、名探偵が謎を解く。トリックをめぐる攻防が命綱だった。松本清張が登場して探偵小説は推理小説に変わった。松本清張はもちろんトリックも駆使したが、同時に人が罪を犯す動機に注目した。そのことにより人間を捕らえ、社会をえぐる道を開いた。
今日ではもう目新しいトリックは発見しにくい。書き尽くされてしまった。いきおいミステリーは犯罪小説やスパイ小説へと傾く。なにか新しい趣向はないものか。
一つの答えとして科学の進歩があった。江戸川乱歩の頃にも科学的知識を拠りどころとしたトリックはあった。が、ファンが松本清張を読んでいるうちにも日常の科学はどんどん発達して、そこに新しいトリックの入り込む余地が生じたらしい。本書はそんなミステリー史の中の一里塚である。五つの短編からなる連作集で、天才物理学者が探偵役として登場し、犯人のほうも新しい科学技術を(普通の人にもそれなりに理解できるものだが)用いる。骨子は古典的な探偵小説のスタイル。“密室”をめぐる謎が真正面から提示されたりすると、オールドファンはわくわくしてしまう。警察畑にもお決まりの登場人物がいて、このシリーズはしばらく書き続けられそうだ。短編連作としてそれだけの膨らみはある。
トリック型ミステリーを紹介する場合のつねとして肝心な部分を綴るわけにはいかないが、マンションの上階から投身死した事件について目撃者が犯人になりうるかどうか、すてきな謎が提示され、読む人の興味をそそる。
作品の長さには多少のばらつきがあるが、事件が解決の部分に入るとストンと終わってしまう。逆に言えば解決までのくさぐさが、ああでもない、こうでもない、と長いのだが、これは短編探偵小説の宿命のようなもの。動機の単純さとあいまって、少したわいない印象がいなめない。この先登場人物の個性がどれだけおもしろくなるか、期待したい。
朝日新聞 2008年12月7日
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