書評

『カントロヴィッチ―ある歴史家の物語』(みすず書房)

  • 2020/08/04
カントロヴィッチ―ある歴史家の物語 / アラン・ブーロー
カントロヴィッチ―ある歴史家の物語
  • 著者:アラン・ブーロー
  • 翻訳:藤田 朋久
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(201ページ)
  • 発売日:1993-12-01
  • ISBN-10:462203364X
  • ISBN-13:978-4622033646
内容紹介:
1963年に死去するやいなや、エルンスト・カントロヴィッチは記念碑となってしまった。彼の遺言は、身辺の書類すべてを破棄するよう命じていた。極端な秘密主義のために、彼の生涯については、ほんの僅かなことしか伝わっていないのだ。だが彼は既に死の数年前に、自分の入るみごとな墓を用意していた… もっと読む
1963年に死去するやいなや、エルンスト・カントロヴィッチは記念碑となってしまった。彼の遺言は、身辺の書類すべてを破棄するよう命じていた。極端な秘密主義のために、彼の生涯については、ほんの僅かなことしか伝わっていないのだ。だが彼は既に死の数年前に、自分の入るみごとな墓を用意していた。『国王の二つの身体』と題されたこの著作が、以後、著者カントロヴィッチと同一視されることになるのである。壮大な記念碑をめぐる質問を捨てて、物語を、カントロヴィッチをめぐり網の目のように交錯するいくつもの物語を見てゆくことにしよう。この歴史家のさまざまな物語へと分け入ることにしよう。

王権論に結実した人生遍歴

王には二つの身体がある。一つは生理的に死滅する身体、もう一つが永遠に生きつづける象徴的な身体、――そういう考え方が東西古今の歴史に散見する。なぜそんな思想があらわれるようになったのか。王権の永続性を保ち、支配の正当性を主張するためである。

この王権という怪物に具わる生理と論理を、西欧中世の歴史資料を駆使してはじめて究明したのが本書の主人公、カントロヴィッチだ。そのよく知られた仕事の一つがすでに邦訳されている「国王の二つの身体」だが、最近になって「祖国のために死ぬこと」も日本語になった。その精緻(せいち)にして鋭い問題提起は定評があるが、この傑出した歴史家にむける人間形成を学説や思想とリンクさせつつ明らかにし、あわせて深刻をきわめる現代史の一断面を切り取ってみせたのが本書である。

著書のアラン・ブーローはパリ社会科学高等研究院の歴史学教授。たいして本書の主題となるカントロヴィッチは、ポーランド生まれのユダヤ人。やがてフランクフルト大学の歴史学の教授になるが、ヒトラーの政権獲得とともにイギリスをへてアメリカに亡命。一時カリフォルニア大学に就職するが、そこにも長居はできない。最後はプリンストンの高等研究所に移って大著「国王の二つの身体」を仕上げ、一九六三年に死去している。

ユダヤ人、亡命、アイデンティティの危機、独創的な知的探求、……と並べていけば一つのイメージができあがるだろう。その孤独と抑圧のなかに放りだされた歴史家の人生遍歴が、国家とか祖国とかいうのはそもそも何ものなのか、共同体的結合の根拠とはいったい何か、という問いを誘いだしていく。その心理的プロセスを、かれからやや遅れて走る同時代のフランスの歴史学者が、これ以上ないクールな理性と意地悪いまなざしを交錯させつつ劇的にあばきだしていく。特定の歴史家とその歴史記述を、これほど詳細かつ徹底的に解剖する例は、わが国の歴史学界にはまだ存在しないのではないか。藤田朋久訳。
カントロヴィッチ―ある歴史家の物語 / アラン・ブーロー
カントロヴィッチ―ある歴史家の物語
  • 著者:アラン・ブーロー
  • 翻訳:藤田 朋久
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(201ページ)
  • 発売日:1993-12-01
  • ISBN-10:462203364X
  • ISBN-13:978-4622033646
内容紹介:
1963年に死去するやいなや、エルンスト・カントロヴィッチは記念碑となってしまった。彼の遺言は、身辺の書類すべてを破棄するよう命じていた。極端な秘密主義のために、彼の生涯については、ほんの僅かなことしか伝わっていないのだ。だが彼は既に死の数年前に、自分の入るみごとな墓を用意していた… もっと読む
1963年に死去するやいなや、エルンスト・カントロヴィッチは記念碑となってしまった。彼の遺言は、身辺の書類すべてを破棄するよう命じていた。極端な秘密主義のために、彼の生涯については、ほんの僅かなことしか伝わっていないのだ。だが彼は既に死の数年前に、自分の入るみごとな墓を用意していた。『国王の二つの身体』と題されたこの著作が、以後、著者カントロヴィッチと同一視されることになるのである。壮大な記念碑をめぐる質問を捨てて、物語を、カントロヴィッチをめぐり網の目のように交錯するいくつもの物語を見てゆくことにしよう。この歴史家のさまざまな物語へと分け入ることにしよう。

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 1994年3月14日

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