書評
『化粧の日本史: 美意識の移りかわり』(吉川弘文館)
女性を抑圧し、解放する
西東三鬼に<おそるべき君等の乳房夏来(きた)る>という俳句がある。一読、初夏の街を闊歩(かっぽ)するブラウス姿の若い女性が眼に浮かぶ。戦後すぐの作だ。口元には口紅が光っていたかもしれない。戦中には想像すらもできなかったことである。戦後の女性の口紅はアメリカの模倣から始まったらしい。ブラウスの胸同様、解放された時代の生き方や価値観を雄弁に物語っているものだった。つまり、口紅が代表する化粧は、その時代や文化と切っても切れない関係にある。
本書は、そうした化粧の歴史を古墳時代から平成に至るまで通史的にたどりながら、化粧とは何かについて言及したもの。
興味深いエピソードも満載である。江戸時代の化粧品店経営者は、当時のアイドルの歌舞伎役者で、店はさながらタレントショップであったとか、白粉(おしろい)として長い間普及してきた鉛白粉の毒性がはっきり認知されたのは、明治になってからで、天覧歌舞伎で義経役の中村福助の足の震えが止まらなくなったことがきっかけとか。さらには、無害な白粉を作る取り組みから現在の塗料大手、日本ペイントの前身会社ができたという意外な話も紹介されている。
日本の伝統化粧の基礎とは赤・白・黒の三色という。特に黒の化粧は日本独自で、その代表のお歯黒は、変遷はあるものの古代から、少なくとも昭和初期まで残っていたらしい。つまり、儒教の封建的な考えから女性が解放されるまでにかなりの長い時間を要したのである。
では、化粧は女性を抑圧するだけのものだったのか。著者はそうではないという。江戸時代と同じく、良妻賢母など他者の目を意識した化粧が求められた明治時代でも、建前とは別に化粧を楽しむ女性の姿があったと述べる。そして、近代以後、洋風を取り入れながら大衆化、多彩化してきた化粧の歴史そのものに、これからの日本女性の姿とその未来とを展望している。
[書き手] 高野 ムツオ(たかの むつお・俳人)
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