書評

『何が映画を走らせるのか?』(草思社)

  • 2023/04/10
何が映画を走らせるのか? / 山田 宏一
何が映画を走らせるのか?
  • 著者:山田 宏一
  • 出版社:草思社
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-01
  • ISBN-10:479421460X
  • ISBN-13:978-4794214607
内容紹介:
「映画100年」の真実の姿が新鮮な光のもとで立ち現れる。映画の魅惑の正体をめぐるまったく新しい映画史。

快楽に満ちた百年史、絶妙の語り口で

『ゴダールの映画史』に倣えば、本書は「山田宏一の映画史」と呼べるだろう。つまり、映画百年史ではあるが、直線的、年代記的には語られない。自由な連想により、逸脱に逸脱を重ね、歴史という唯一の真実を示すのではなく、複数の真実を同時に顕揚する。だが、山田宏一の映画史にはゴダールのような難解さはどこにもない。つねに映画の快楽(物語の面白さ、イメージの躍動、ゴシップの楽しさ、スターの美しさ)が満ちみちている。

例えば、映画史上最初にスターという言葉が使われたのはどこでか? トリック映画の始祖メリエスが興したスター・フィルム社の商標のなかで、というのが答えである。つまり、映画は星の光のもとで急発展するのだが、スター・フィルムはまもなく倒産し、替わって、綺羅星(きらほし)のごときスターたちの時代が始まる。この飛躍の妙、語り口の巧(うま)さ! そして、世界最初のスターたちの顔の話から、その顔に魅せられてクローズアップが生まれたこと、また、スターを売り出すための引き抜き合戦や嘘(うそ)の報道(スターの死亡記事を流す)などを論じ、スターとは金(興行価値)に他ならないことから、金を追求する映画会社と映画作家との厳しい戦いを描きだす。これは本書の多彩な話題のほんの一例にすぎない。

いわば自由連想の飛躍と、尻取りのような意外な連係と、正確な論理性とが隙(すき)なく絡みあい、映画史の流れをさかのぼり、また下りして、その多様な水脈を楽しくたどっていくのである。

作家主義、モンタージュ、テクニカラー、アクターズ・スタジオ、赤狩り。映画ファンならだれでも聞いたことがある魔法のような言葉に正確な定義があたえられ、その功罪が同時に肯定(!)され、すべては映画をより強烈に楽しむための快楽の源泉として探求されてゆく。

だが、これは楽天的なだけの本ではない。「映画は終わったのかもしれない」と深く懐疑する山田氏のいつになく厳しい表情も見え隠れして、映画的快楽の美味にこの上なく辛いスパイスとして作用している。お楽しみは命がけだという真剣勝負の恐ろしさも読みどころである。
何が映画を走らせるのか? / 山田 宏一
何が映画を走らせるのか?
  • 著者:山田 宏一
  • 出版社:草思社
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-01
  • ISBN-10:479421460X
  • ISBN-13:978-4794214607
内容紹介:
「映画100年」の真実の姿が新鮮な光のもとで立ち現れる。映画の魅惑の正体をめぐるまったく新しい映画史。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2006年1月8日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
中条 省平の書評/解説/選評
ページトップへ