書評

『皇室財政の研究―もう一つの近代日本政治史―』(名古屋大学出版会)

  • 2023/10/31
皇室財政の研究―もう一つの近代日本政治史― / 加藤 祐介
皇室財政の研究―もう一つの近代日本政治史―
  • 著者:加藤 祐介
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(410ページ)
  • 発売日:2023-07-14
  • ISBN-10:4815811261
  • ISBN-13:978-4815811266
内容紹介:
ヴェールに覆われた皇室財政の姿を初めてトータルに解明。御料地経営や証券投資、恩賜などの経済・財政の展開から皇室の公私や民衆との関係を大きく位置づけなおすとともに、国務と並び立つもう一つの国制の体系を浮かび上がらせる。戦後の皇室が抱える葛藤も照らし出す、刮目の成果。
丸善名古屋本店で定期的に開催している名古屋発の人文書フェア「名古屋の大学の先生が選んだおすすめの人文書フェア」。第8弾にご協力いただいた名古屋大学・河西秀哉先生の選書・コメントから、今回は、加藤祐介著『皇室財政の研究』の書評を特別公開いたします。

複雑な全体像をクリアーに復元、皇室財政から天皇制を考える

私自身は天皇制を研究しており、これまでも様々な事例を扱ってきた。しかし、そのなかで唯一と言ってよいほど、避けてきたテーマがある。それは皇室財政である。数学が嫌いで文学部を選んだから、数字を見るだけで拒否反応を示すということもあろう。ただ、それだけではない。その問題があまりに複雑だからである。

宮内公文書館史料からみえてくる複雑な「財布」事情

宮内庁(宮内省・宮内府)で作成された天皇制に関する公文書は、宮内庁書陵部宮内公文書館に所蔵されている。そこで私も皇室財政に関する史料を眺めたことがある。ところが、それを分析することが私にはできなかった。同じファイルにいくつもの違った予算に関する文書が綴じられており、実際にどれが決定されたものなのかが一見しただけでは判別できない。しかも決算の数値を見ると、どの予算のそれとも違っていたりすることがある。近代天皇制はありとあらゆる領域をカバーするがゆえに様々な「財布」が存在し、一旦決まったことでも突如として何か問題が起これば予算の組み替えや追加などがなされた。つまり、その財政は複雑にならざるを得ないのである。

本書は、そうした複雑な皇室財政の全体像をクリアーに復元してみせる。著者が私と同じように、宮内公文書館の閲覧室で最初は途方に暮れたことが容易に想像できる。しかし、そこからは私とは違った。根気よく文書に書かれた数字を分析し、近代天皇制における皇室財政のあり方を本書で鮮やかに示している。著者は私とは頭の回転速度が違うから、文書に書かれた数値を分析できたのだと認めざるを得ない。

皇室財政の検討は近代天皇制そのものを明らかにする

では、本書は公文書に書かれた数値を復元して皇室財政の全体像を示しただけの書籍なのか、というとこれがまったく違うのである。第II部と第III部では御料農地の経営や御料地の処分をめぐる問題が検討され、それが動態的に論じられる。特に、第6章の北海道上川郡神楽村の御料農地をめぐる争議、第7章の神奈川県足柄下郡小田原町の御用邸地をめぐる動向は大変に興味深い。皇室財政をめぐる様々な問題は、近代天皇制がいかなる存在なのか、その時期の社会のなかでどういった役割が期待されたのかを表すものであった――著者はこのことを読者に提示する。本書を読むと、皇室財政に関する検討は近代天皇制そのものを明らかにすることなのだ、という著者の主張が説得的に示されているように感じる。

さらに、著者が検討した皇室財政をめぐる様々な問題をとおして語られる天皇制の「公」という概念は、現在の象徴天皇制を考える示唆をも与えている。近年、象徴天皇制において、「公」や「私」といった概念が語られることがある(たとえば小室眞子さんの結婚をめぐる問題など)。そういった今日的な象徴天皇制の問題を考える上でも、本書での議論は示唆に富む。

このように緻密な検証とスケールの大きい議論が同居する、多くの意義を有した書籍が近代天皇制研究に登場したことを喜びたい。そして、私もそこに続いていきたいと思う一冊である。

[書き手]河西秀哉
名古屋大学大学院人文学研究科准教授。専門は日本近現代史、象徴天皇制。『近代天皇制から象徴天皇制へ』(吉田書店、2018年)など、著書多数。

【初出メディア:「フェア図書リスト」2023年8月】
皇室財政の研究―もう一つの近代日本政治史― / 加藤 祐介
皇室財政の研究―もう一つの近代日本政治史―
  • 著者:加藤 祐介
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(410ページ)
  • 発売日:2023-07-14
  • ISBN-10:4815811261
  • ISBN-13:978-4815811266
内容紹介:
ヴェールに覆われた皇室財政の姿を初めてトータルに解明。御料地経営や証券投資、恩賜などの経済・財政の展開から皇室の公私や民衆との関係を大きく位置づけなおすとともに、国務と並び立つもう一つの国制の体系を浮かび上がらせる。戦後の皇室が抱える葛藤も照らし出す、刮目の成果。

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