日常会話について次のことがわかったと『会話の科学』にある。
・質問への答えにかかる時間は平均0・2秒。瞬きの時間と同じだ。
・「いいえ」と答えるのには「はい」と答える時より時間がかかる。
・返答は1秒を基準にして速い、遅い、ちょうどよい、返答なしと判断される。
・会話中84秒に1度「え?」など相手の言葉を確認する言葉が発せられる。
・60語に1語は「えーと」「あー」など一見無意味な言葉だ。
言語学では語義や文法の研究が主流であり、会話の科学的研究はほとんどない。これに疑問を抱き、言語の真の価値は会話にあると考えた著者は「どれほど簡単な会話でも二人以上の人間が正確に時間を計りながら協力し合わなければ成り立たない」ことに気づく。その時人間は一つの構造の中の互いに連動し合う部品となると見て「会話機械」という概念を生み、その構造の解明に取り組んだ。パプアニューギニア、メキシコ高地、ナミビア、ラオスで用いられている言語と韓国語、日本語、イタリア語、デンマーク語、オランダ語、英語の10の言語を調べ、最初にあげた事柄を明らかにしたのである。
話者交代の時間は0・1~0・2秒。脳が言語を発するために必要とされる0・5秒より遥(はる)かに速い。「会話で一度に話すのは一人」とされ、相手は順番がきたら素早く話せる準備をしていることになる。日本語での応答は0・007秒と最短である。相手を慮(おもんぱか)る文化と関係するのか単にせっかちなだけなのかと考えた。
会話は通常1秒以上は途切れず、肯定的な答えは前半0・5秒のうちになされる。一方肯定でない時は、対応の始まりは早いのだが、呼吸音だったり「えーと」だったり。実質の答えは0・6秒後と遅くなる。「えーと」が微妙な意味を伝達する重要な役割を持っていることになる。このような一見無意味な信号とされる「簡単な言葉が道徳上重要な意味を持つ」と著者は言う。会話の際に一定の規範に従い、互いに協力する道徳的責任を果たそうとする意思があるからこそ、これらを用いて言葉の流れを制御しているというわけだ。
Huh?(え?)が面白い。これに相当する言葉はどの言語でもよく似ているのだ。相手の言葉がよく分からないのだが会話は進めなければならないという気持ちの表現として用いられるこの言葉は、文法ではなく使う人の協力的姿勢によって成り立っているものであり、収斂(しゅうれん)進化したのだと著者は考える。
会話に注目すると、言語が人間の社会的認知や相互交流能力と結びつき、言語のためだけの専用能力が見えてくる。今後、文法と会話の両方に目配りした研究が進んだら面白かろうと大いに期待を抱いた。