書評

『会話の科学 あなたはなぜ「え?」と言ってしまうのか』(文藝春秋)

  • 2023/12/06
会話の科学 あなたはなぜ「え?」と言ってしまうのか / ニック・エンフィールド
会話の科学 あなたはなぜ「え?」と言ってしまうのか
  • 著者:ニック・エンフィールド
  • 翻訳:夏目 大
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(264ページ)
  • 発売日:2023-03-27
  • ISBN-10:4163916792
  • ISBN-13:978-4163916798
内容紹介:
「え?」「えーと」「はあ?」……これまでの言語学が見逃してきた、こんな言葉に「人間の本性」が表れていた!?今まで、主流の言語学が重視してきたのは常に文法や単語の成り立ちだった。しかし… もっと読む
「え?」「えーと」「はあ?」……これまでの言語学が見逃してきた、こんな言葉に「人間の本性」が表れていた!?

今まで、主流の言語学が重視してきたのは常に文法や単語の成り立ちだった。
しかし、あなたが人と会話するときに、完全に文法通りの文章で話すことなどあるだろうか? 「あー」「いや」「はあ?」「え?」「で?」などなど、辞書には載らない言葉を繰り出しながら、すさまじいスピードで言葉のキャッチボールをしているのではないだろうか。

もちろん文法の研究は重要だ。だが、人間は文字より前に会話をはじめていた。現実の会話には、主流の言語学が軽視してきた本質的な何かがあるのではないか……本書は、そんな言語学の「革命」を追うサイエンス本である。

著者をはじめとする会話研究者たちは、世界中の会話を録音し、辛抱強く分析してきた。それによって、意外な事実が次々とわかってくる。

たとえば、人間が会話に応答する時間は、さまざまな言語の平均で0.2秒。これは脳が言葉を発するために必要な反応時間(0.5秒)よりはるかに速い。ちなみに、日本語話者は世界最速の0.007秒で応答しているという(!)。なぜそんなことが可能なのか?

また、誰しも、会話の相手が返事をくれないと気まずくなってくるものだ。あなたはどれくらいそんな沈黙に耐えられるだろうか?
調査の結果、それは最大でも1秒間だった(!)。しかも、沈黙が0.5秒を超えると(何か話が通じていないか、否定的な返事が返ってくるのかな)という気持ちになってくるという。あなたも、そんな状況で質問を言い直したりした経験があるのではないか。

すさまじい速さで応答し、話が止まると思うと即座に流れを修復しようとする。何気なくかわしている会話には、実はそんな無意識の超高等技術が詰め込まれている。
そして、その武器になっているのが「え?」というパワーワードだった!?

AIがまるで人間のように問いかけに答えてくる現代こそ、「会話」を考えることは「人間」を考えること。本書には、そのヒントが詰まっている。
日常会話について次のことがわかったと『会話の科学』にある。

・質問への答えにかかる時間は平均0・2秒。瞬きの時間と同じだ。

・「いいえ」と答えるのには「はい」と答える時より時間がかかる。

・返答は1秒を基準にして速い、遅い、ちょうどよい、返答なしと判断される。

・会話中84秒に1度「え?」など相手の言葉を確認する言葉が発せられる。

・60語に1語は「えーと」「あー」など一見無意味な言葉だ。

言語学では語義や文法の研究が主流であり、会話の科学的研究はほとんどない。これに疑問を抱き、言語の真の価値は会話にあると考えた著者は「どれほど簡単な会話でも二人以上の人間が正確に時間を計りながら協力し合わなければ成り立たない」ことに気づく。その時人間は一つの構造の中の互いに連動し合う部品となると見て「会話機械」という概念を生み、その構造の解明に取り組んだ。パプアニューギニア、メキシコ高地、ナミビア、ラオスで用いられている言語と韓国語、日本語、イタリア語、デンマーク語、オランダ語、英語の10の言語を調べ、最初にあげた事柄を明らかにしたのである。

話者交代の時間は0・1~0・2秒。脳が言語を発するために必要とされる0・5秒より遥(はる)かに速い。「会話で一度に話すのは一人」とされ、相手は順番がきたら素早く話せる準備をしていることになる。日本語での応答は0・007秒と最短である。相手を慮(おもんぱか)る文化と関係するのか単にせっかちなだけなのかと考えた。

会話は通常1秒以上は途切れず、肯定的な答えは前半0・5秒のうちになされる。一方肯定でない時は、対応の始まりは早いのだが、呼吸音だったり「えーと」だったり。実質の答えは0・6秒後と遅くなる。「えーと」が微妙な意味を伝達する重要な役割を持っていることになる。このような一見無意味な信号とされる「簡単な言葉が道徳上重要な意味を持つ」と著者は言う。会話の際に一定の規範に従い、互いに協力する道徳的責任を果たそうとする意思があるからこそ、これらを用いて言葉の流れを制御しているというわけだ。

Huh?(え?)が面白い。これに相当する言葉はどの言語でもよく似ているのだ。相手の言葉がよく分からないのだが会話は進めなければならないという気持ちの表現として用いられるこの言葉は、文法ではなく使う人の協力的姿勢によって成り立っているものであり、収斂(しゅうれん)進化したのだと著者は考える。

会話に注目すると、言語が人間の社会的認知や相互交流能力と結びつき、言語のためだけの専用能力が見えてくる。今後、文法と会話の両方に目配りした研究が進んだら面白かろうと大いに期待を抱いた。
会話の科学 あなたはなぜ「え?」と言ってしまうのか / ニック・エンフィールド
会話の科学 あなたはなぜ「え?」と言ってしまうのか
  • 著者:ニック・エンフィールド
  • 翻訳:夏目 大
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(264ページ)
  • 発売日:2023-03-27
  • ISBN-10:4163916792
  • ISBN-13:978-4163916798
内容紹介:
「え?」「えーと」「はあ?」……これまでの言語学が見逃してきた、こんな言葉に「人間の本性」が表れていた!?今まで、主流の言語学が重視してきたのは常に文法や単語の成り立ちだった。しかし… もっと読む
「え?」「えーと」「はあ?」……これまでの言語学が見逃してきた、こんな言葉に「人間の本性」が表れていた!?

今まで、主流の言語学が重視してきたのは常に文法や単語の成り立ちだった。
しかし、あなたが人と会話するときに、完全に文法通りの文章で話すことなどあるだろうか? 「あー」「いや」「はあ?」「え?」「で?」などなど、辞書には載らない言葉を繰り出しながら、すさまじいスピードで言葉のキャッチボールをしているのではないだろうか。

もちろん文法の研究は重要だ。だが、人間は文字より前に会話をはじめていた。現実の会話には、主流の言語学が軽視してきた本質的な何かがあるのではないか……本書は、そんな言語学の「革命」を追うサイエンス本である。

著者をはじめとする会話研究者たちは、世界中の会話を録音し、辛抱強く分析してきた。それによって、意外な事実が次々とわかってくる。

たとえば、人間が会話に応答する時間は、さまざまな言語の平均で0.2秒。これは脳が言葉を発するために必要な反応時間(0.5秒)よりはるかに速い。ちなみに、日本語話者は世界最速の0.007秒で応答しているという(!)。なぜそんなことが可能なのか?

また、誰しも、会話の相手が返事をくれないと気まずくなってくるものだ。あなたはどれくらいそんな沈黙に耐えられるだろうか?
調査の結果、それは最大でも1秒間だった(!)。しかも、沈黙が0.5秒を超えると(何か話が通じていないか、否定的な返事が返ってくるのかな)という気持ちになってくるという。あなたも、そんな状況で質問を言い直したりした経験があるのではないか。

すさまじい速さで応答し、話が止まると思うと即座に流れを修復しようとする。何気なくかわしている会話には、実はそんな無意識の超高等技術が詰め込まれている。
そして、その武器になっているのが「え?」というパワーワードだった!?

AIがまるで人間のように問いかけに答えてくる現代こそ、「会話」を考えることは「人間」を考えること。本書には、そのヒントが詰まっている。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2023年5月6日

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