書評

『意味の論理学』(法政大学出版局)

  • 2017/08/29
意味の論理学  / ジル・ドゥルーズ
意味の論理学
  • 著者:ジル・ドゥルーズ
  • 出版社:法政大学出版局
  • 装丁:単行本(453ページ)
  • ISBN:4588002198
内容紹介:
ルイス・キャロルの文学世界を,新たに言語表現の世界つまり《表層の世界》として捉え,、その存在の様態を明らかにした60年代ドゥルーズ思想の頂点を成す論考。
この本でドゥルーズは、ルイス・キャロルの童話作品『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』を引きあいにだしている。ドゥルーズの「意味」という概念が、言葉のどんな国から、またどんな運用の仕方から産みだされてくるか、その究極の典型のひとつ(もうひとつの典型はアントナン・アルトーだといっている)を、この古典となった作品にみているわけだ。そこでこの書評もそんな口調から入りこんでゆくことにする。

およそこの世界に存在している事柄、いろいろな物体、それからかんがえられるイメージや表象のような非物体などは、表層とその下にかくされている深層とからできている。そして「できごと」が起ったり、事物の生成変化が生じたりするのは、すべてこの表層で行われるものだとかんがえるとする。「できごと」や事物の生成変化ばかりでなく、わたしたちの言葉、会話、書記、いろいろな記号の表出もまた、この表層のうえで飛び交い、気脈を通じあい、強い意味の衝撃が伝達されたりしている。この存在の表層には特異な性質がいくつかある。さしあたってひとつだけ挙げておくとすれば、ここでは「できごと」も生成変化も言葉も、すべてが共通の平面に入り込んでしまうような個所が、どこかにかならずあって特異点を作っている。「できごと」や生成変化や言葉のうち、表層では充たされずに、深層に入り込みたいという欲求があったとしても、なかなか深層に入り込むことはゆるされない。その代りこの表層には、深さへの欲求が、直接性とか如実性に変換されるという原則が働いている。アリスの不思議の国とおなじように、これが表層で実現される不思議なのだ。たとえば空也上人が「南無阿彌陀仏」という念仏称名の言葉を口から吐きだしたとする。このばあい表層がもっている究極の直接性や如実性とは、この念仏称名が音声として空也上人の口からとびだしてくることではなく、六波羅蜜寺の木像のように、つぎつぎに小さな阿彌陀仏のじっさいの像が、空也上人の口からじかにとびだしてくることだ。これが表層の重要な性質のひとつと考えられている。そこでこの表層は物体も非物体も事柄も無限に多様な姿で渦巻いている。もちろん『不思議の国のアリス』に出てくるトランプ・カードの王様や女王みたいに、厚さのない平べったい存在などは、この表層の性質にいちばんよく適合してしまうのだ。

著者ドゥルーズはつぎのようにかんがえる。いまこの表層に飛びかう存在を、あるまとまったモチーフごとに、命題1、命題2、命題nといった名前をつけるとする。この命題には、いくつかの似ているようで異った関係が通用することがわかる。ドゥルーズの数えているとおり挙げれば、(1)は指示作用。これは存在する事物の状態をイマージュで思い浮べ、それと命題に含まれたモチーフとを言葉で関係づける作用である。(2)は表出作用。これは命題と対応する話し言葉を表現する主体に関係づける作用で、主体の側が欲求や信念を言表しようとすることから成り立っている。(3)は意味作用。この作用は、言葉とそれに対応する概念の内質から成り立つ領域である。

この本の著者は、この三つの関係のほかにもうひとつ、第四番目に設定される関係を考えている。それが(4)意味なのだ。

ここでいう意味とはなにか? この問いがこの本の第一の要めになっている。ドゥルーズは、誤解をまねかないように丁寧に説明している。わたしがフッサール=ドゥルーズの意味規定を誤解していないとすればつぎのようになる。いまここに指示された実在の樹木がある。燃やしたり、何かに利用したり、見たりできるその樹木だ。これはこのままでは樹木のノエマ(意味)ではない。この樹木は視点と作用を変えると、それに応じてたくさんのノエマ面(意味指向)をもっている。この樹木がミドリの枝葉を繁らせているとする。このばあいミドリは樹木の感覚的な色彩である。ところで夏になってミドリを繁らせはじめたこの樹木の状態を「ミドリになった」とかんがえたとき、この生成変化をあらわす「ミドリになった」は、ノエマ的な(意味的な)色彩だといえよう。べつの言い方をすれば、この樹木の色の(色彩的)意味ということだ。だがまだ樹木そのものの意味ではない。このばあいこの樹木の意味とは何を指すのか? ドゥルーズは、この樹木がこの樹木になること(この樹木であること)、それがこの樹木のノエマ(意味)だと言っている。樹木のノエマ(意味)とは樹木という「できごと」そのものを指している。そして大切なことは、この樹木のノエマ(意味)である樹木という「できごと」は、表層の上の「できごと」であり、この樹木がそう見えるその通りのこと(外見)を指しているということだ。ここでもうひとつ大切なことは、この樹木がそう見えるその通りのこと(外見)がノエマ(意味)だという言い方をすれば、知覚的な、あるいは感覚的な存在のように受け取られるおそれがあるが、そうではない。観念的な客体としてそう見えることを指している。

(次ページに続く)
意味の論理学  / ジル・ドゥルーズ
意味の論理学
  • 著者:ジル・ドゥルーズ
  • 出版社:法政大学出版局
  • 装丁:単行本(453ページ)
  • ISBN:4588002198
内容紹介:
ルイス・キャロルの文学世界を,新たに言語表現の世界つまり《表層の世界》として捉え,、その存在の様態を明らかにした60年代ドゥルーズ思想の頂点を成す論考。

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初出メディア

マリ・クレール

マリ・クレール 1988年2月

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