解説

『マイ・バック・ページ―ある60年代の物語』(河出書房新社)

  • 2017/04/23
マイ・バック・ページ―ある60年代の物語 / 川本 三郎
マイ・バック・ページ―ある60年代の物語
  • 著者:川本 三郎
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(223ページ)
  • 発売日:1993-11-00
  • ISBN-10:4309403913
  • ISBN-13:978-4309403915
内容紹介:
全共闘、ベトナム戦争、CCR、そして連合赤軍事件…。「政治の季節」のただなかで、悩み、翻弄されてゆく、ひとりの若きジャーナリスト。伝説の回想録待望の復刊。

一九七〇年の十一月に三島由紀夫が自刃した日、珍しく本郷の授業に出ていた私は五時頃までニュースを知らなかった。清水徹教授に教えられて、あわてて表に飛び出したときには、あたりはもうすっかり暮れていた。この時の「夕闇の暗さ」は、前の年の「夏の光」とは対照的だった。そして、この「暗さ」が次第に時代を覆っていくようになる。

本郷に進学してからは、授業のあと、よく神田の「ウニタ書店」に足を運んだ。以前、党派の活動家だった友人たちは、いまでは左翼運動の方向に興味を失い、各党派の機関紙も読まなくなっていたが、私は、党派の活動家にならなかったその分だけ、燃焼しきれない何かが残り、自分でもどうしていいかわからず、なぜか、各党派の動向が気になっていた。ブントは際限もなく分裂していき、フロントなどは党派自体が消滅してしまった。こうしたニュースがわかるのは「ウニタ書店」の党派の機関紙のコーナーだけになっていた。

一九七一年のある日、このコーナーで、私は『赤衛軍創刊準備号』なる新しい党派の機関紙を目にした。それは半ペラのワラ半紙にガリ版で刷った非常に素人っぽい体裁で、中身もそれに見合う程度の代物だった。世界同時革命を起こすには、ソ連の赤軍と中国の人民軍を糾号し、これをもって米帝国主義に対時させなければならないというような、およそ新左翼的な常識を逸脱したとんでもないスローガンが掲げてあった。あまりの馬鹿馬鹿しさに、これなら武装蜂起準備委員会の大ボラのほうがよほど筋が通っていると思った。左翼運動とはまったく関係のないところにいる人間が、過激な行動のファッション性に憧れて作った機関紙らしいことは明らかだった。結局、私はそれを買わずにウニタ書店を出た。

だが、そのあとも、妙にこの『赤衛軍』なる機関紙のことがひっかかっていた。なぜなら、文学青年にありがちな革命的ヒロイズムが私の中にもたしかに存在していたので、それをグロテスクに拡大して見せられたような気がしてならなかったからだ。昔、当てくじの「ハリス・ガム」のまがい物で「コリス・ガム」というのがあったが、『赤衛軍』という名前自体、どうもそんな感じで、『赤軍』の真似をした安ぴかヒロイズムにすぎなかったが、しかし、そう名乗りたい気持ちも理解できないではなかった。もっとも、この手の自己顕示欲なら、いまではパンクの格好をして町を歩いていればそれで満たされてしまうところだろう。要は、時代がまだ政治的だったというだけのことである。

ウニタ書店にはその後も足を運んだが、『赤衛軍』の後続号は出ていないようだった。そうしているうちに、川本さんが巻き込まれた「朝霞自衛官刺殺事件」が起こった。新聞で事件を知ったとき、あいつら、本当にこんなことをしでかしたんだと驚いたことを鮮明に覚えている。「逮捕まで」以下を読むと、本当に「最悪の負け戦さ」を戦っていたんだなと重い嘆息が出るが、その反面、次のような箇所に出くわすと、俺はこれだから川本さんが好きなんだとあらためて思いかえさざるをえない。

「『Kは山本義隆とは違う』。そのT記者のひとことを私はいまでも憶えている。その時、私は、なんというのかKのことが『かわいそう』になった」

「私は、いまとなってはKが一〇〇%悪人であり、私が一〇〇%善人だったという気にもなれない。私はあの時点で、少なくとも、Kの出した三つのキー・ワード……宮沢賢治、CCR、『真夜中のカーボーイ』を信じたのだから」

多分、川本さんはKが映画の中の人物であってくれたらよかったのにと思ったことだろう。だが、Kはフィクションの中の人物ではなかった。そして、川本さんは逮捕されて、それを認め、自白した。

「『すべてをフィクションにする』ことは結局私にはできなかった。(……)『フィクション』はもう嫌だった」

この部分にきて、私はまるで自分に言い聞かせるように「そうだ、弱くていいんだ。本当はその自覚した弱さこそが必要だったんだ」とつぶやいた。なぜなら、いまとなってはもう、ひたすら己を強くすることばかり考えた同世代の人間たちがやったことが明らかになっているからだ。「あさま山荘での派手な銃撃戦で始まったこの事件はやがてリーダーたちの逮捕のあと、組織内部で凄惨な「総括」、殺人があったことが明らかになっていった。(……)「連帯」や「変革」といった夢の無惨な終わりだった。自分たちが夢みたものが泥まみれになって解体していった。そして(おそらくは)誰もそれに対して批判すらできなかった」

敵に勝つために己に勝とうとした人間たちが、自分の弱さにおびえ、克己心が足りないといっては同志を責めて殺していく。あの時代の「自己否定」の行き着いた先が、こんな、心のサイボーグ競争だったとは。これなら、弱いままでいるほうがどれだけいいかわからない。最後に掲げられた清岡卓行の「青空」のように、もしそこから「優しさ」が滲みでてくるならば。

【この解説が収録されている書籍】
解説屋稼業 / 鹿島 茂
解説屋稼業
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(238ページ)
  • 発売日:2001-08-00
  • ISBN-10:479496496X
  • ISBN-13:978-4794964960
内容紹介:
著者はプロの解説屋である!?本を勇気づけ、読者を楽しませる鹿島流真剣勝負の妙技、ここにあり。

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マイ・バック・ページ―ある60年代の物語 / 川本 三郎
マイ・バック・ページ―ある60年代の物語
  • 著者:川本 三郎
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(223ページ)
  • 発売日:1993-11-00
  • ISBN-10:4309403913
  • ISBN-13:978-4309403915
内容紹介:
全共闘、ベトナム戦争、CCR、そして連合赤軍事件…。「政治の季節」のただなかで、悩み、翻弄されてゆく、ひとりの若きジャーナリスト。伝説の回想録待望の復刊。

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